終章

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 彼らの犯行を知った倫太郎は、くだんの問題用紙を千尋から取り上げて自首を促したという。  一方、千尋は虹の森公園に倫太郎を呼び出し、口止め料を支払うことで、これまでの犯行に関しては黙認してくれないかと交渉を持ち掛けた。しかし交渉は決裂。そこで逆上した石島が倫太郎に手を上げ、結果、倫太郎は公園の縁石に頭をぶつけて意識を失った。その後の展開は歩の推理通りである。  最後の拉致騒動はやはり石島の独断だった。高坂は石島に脅され、偽りの情報で私を呼び出したのだという。彼女は私を呼び出した直後に殴られ、気を失った。ちなみに彼女は罪を認めて犯行方法を自供したものの、動機については黙秘を貫いている。  私は気になっていたことを倫太郎に尋ねた。 「千尋には会った?」 「ああ。昨日、あいつとあいつの両親、それと母さんの四人で面会に来たぞ。珍しくしょげていたけどな」  いつの間に。初めて知った。 「まあ、昔から危なっかしいところはあったからな、あいつ」 「え、そうなの?」 「中学受験のときと、受験に落ちたあとの家庭内での扱いが酷かったみたいだからな。よく隠れて泣いてたぞ。お前に言うなって言われてたけど。俺も全てを知っているわけじゃないけどな」 「そう……ねぇ、千尋のこと、嫌いになった?」  倫太郎は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、しばらくすると大口を開けて笑い出した。 「あいつには、それなりに借りがあるからな。おかげで死にかけたが、別に恨んじゃいねーよ。もう充分反省してるだろ。死ぬほど泣いてたしな。まあ、幸い俺は生きてるし、不幸ぶってんじゃねーよって言ってやったぜ」 「……そっか」  死の淵に立たされていたことを考えると軽い気がするが、千尋に対して憎しみめいた感情を持っていなくて安心する。  私は、やるせない気持ちで胸がいっぱいだった。とりわけショックが大きかったのは信用していた千尋に騙されていたことだった。本人の口から本心を聞きたくて何度かスマホで連絡を取ってみたが、今のところ無視され続けている。犯罪に手を染めてまで進学にこだわった理由も、私にはわからないのだった。  騙されたことに対する腹立たしさ以外に、こんなに近くにいてなぜ気づいてあげられなかったのだろうという自責の念もあった。思えばたった二つしか年が離れていないのだ。千尋にもきっと年相応の不安や苦悩はあったはずなのに、凡人が思い悩むようなことで彼女がつまずくはずがないと心のどこかで決めつけていた。想像すらしたことがなかった。彼女の弱さに最後まで気づくことができなかったのは、普段から千尋を勝手に神格化して精神的に頼りすぎていた自分の落ち度でもあるような気もした。 「あいつのケアはお前が何とかしてくれ。俺にはわからん」 「うん。やってみる。今はちょっと難しいけど」  言われなくてもそうするつもりである。  今回の事件は傷害と不正アクセス禁止法違反にあたり、今ごろ三人は警察の生活安全課少年係という部署の職員から事情聴取を受けているものと思われた。警察の調査結果をもとに検察が家庭裁判所に送致し、更生を目的とした判決が下されるはずだ。石島は死刑として、それ以外はどうか温情ある判決を、と切に願うが、どうなるかはわからない。学校側が停学だけで済ませるかどうかも不明だった。少なくとも推薦は無理だろう。法を犯した生徒を推薦するわけにもいくまい。
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