卒業なんかまだしない

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「やめてよ、伸びちゃうじゃない。あなたはもう大きいんだから」  いつものようにつっこもうとお母さんのポケットに手をかけたら、いやあな顔をされた。 「いいじゃん。お兄ちゃんだって、私くらいのときはまだやってたんでしょ?」  自分よりちょっとだけ高い位置にあるお母さんの顔を見上げて、私は言い返す。  この前、ハナちゃんのママに聞いた。  今は離れて暮らしてる筋肉ムキムキのお兄ちゃんも、少し前までは私みたいに、お母さんのポケットでぬくぬくするのが大好きだったんだって。  お母さんは最近、私をポケットから離そうとする。小さい頃は一日中甘え放題だったのに。 「お友だちのハナちゃんもモモちゃんも、そういうのはもう卒業したじゃない」  お母さんの指摘に、 「よそはよそ、うちはうちでしょ」  すました顔で私は言う。  たしかに同い年のみんなは、この前のお誕生日くらいから、あんまりお母さんに甘えてないみたい。 「なによ。いつもお友だちとあちこち跳ね回って遊んでばっかで、親の言うことなんて聞かないくせに。甘えたいときだけ」 「あちこち跳び回るのはお母さんだって一緒でしょ」  不満げなお母さんに、しゃらっと答える私。 「まったく、口の減らない子ね」  お母さんがためいきをついた隙に、 「いいじゃんちょっとくらい」  私はポケットに手をかけた。  ずぼっ。 「んもう、重いんだからね!」 「うふふ」  お母さんの文句を聞き流して、私はにんまり笑う。  あー落ち着く。やっぱここが一番だよねー。 「ねえ見て、あの子! かわいー。もうお母さんと身体の大きさ変わんないのに、無理やりポケット入ってご機嫌な顔してるー」 「ほんと、お母さんのおなかのポケット大好きだよな、カンガルーの子どもって」 【 了 】 ______ カンガルーの子どもは、1歳前後でお母さんのおなかの袋から卒業するそうです(種類差・個体差あり)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加