鮮紅のノルン ~子種を下さい、と彼女は言った~(仮)

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「ふらなさんッ!?」  闇が晴れて、全身に激痛が駆け抜けた。 「~~~~~~ッッッ!?!?」  もんどりうって、蹲ってしまう。  頭が酷くぼんやりする……そういえば意識も飛んでたみたいだし。  ひょっとして、気絶してたのか、俺。全身に鈍痛が残ってやがるし、パチパチって、拍手みたいな音が聞こえるし、なんなんだよ……? いがらっぽい臭いがする。よくわからない。 ”先輩……ッ。退がって……退がってくださいッ!”  ふらなさん……? 彼女の声が遠いし、なんか雰囲気が違う。  どこだ、ふらなさん。どこにいる? 薄暈けた視界、緞帳で覆われたような聴覚の先が見えない、聞こえない。けれど。  目の前に、人がいる。手足を備えた、うすぼんやりとした、人型が。  冬だってのに、熱い気がする。黒い靄も、臭いもひどい。 ”先輩……ごめんなさい。でも”  目の前の、背中を向けてるのだろうか? それからふらなさんらしき、声が聞こえてくる。  ごめんなさい、だって? ふらなさんの言ってる事が解らない。会話が通らない。そもそも君はどこに……彼女の声もおかしくないか? まるで絞り出してるような……まさか今の拍子にどこか怪我を!? ”ふらなが、ッ……必ず……お護り、いたします”  痛みに慣れて来たのか、視界が徐々に回復したのか、だんだん景色が像を結んでくる。よろめきながらも、体を起こす。  人型は、やはりふらなさんの声で俺に呼び掛けていたが、その姿を大きく変じていた。  流れるような意匠の装甲で一部の隙も無く全身を覆った少女の姿は、まさしく超金属の騎士。ふらなのスーツと同じ、薄紅色と白を基調とした色彩は本来なら鮮やかな光沢を放ち、輝く希望となっていただろう。今はあらゆる箇所が煤と血で汚れ、ひび割れ、砕けていた。  ――血。赤い、命の証が、関節から罅から剥き出しの素肌から、流れ落ちている。  なんだよそれ。  なんでふらなさん、そんな苦しそうで、ボロボロになってるんだよ。  それに、この熱さと、苦しさ。  なんだこれ。  俺達の、家族の場所が。  家が、燃えている。  燃える家が、轟音とともに崩れ落ちた。  崩壊の中。  炎の中から、浮かび上がるのは。  黒い、人型。  のっぺりとした、凹凸のない、紛れもなく、人型が。  人ではありえないと、俺の直感が告げている。  俺の知識が、教えてくれる。  あれが敵、ふらなから伝えられた、凶手。 「ふら、な……」 ”先輩……退いて、ください”  ふらなさんは黒い人型と俺の間に立ちはだかっている。傷だらけの背中は、ふらなのしなやかなフォルムを残している。彼女が流している血も、炎の熱さも、肺腑を汚す煙も、全身の痛みも、冷たさも、紛れもない現実だ。  ――ふらなが戦おうとしている事も。 ”退がって! 蝕神はここで始末しますッ!”  彼女の血を吐く叫びにも、まともに動くことすらできない。  空を切る音、晴天の下、ふらなに殺到する影、爆ぜる音。  ……情けない。足が震えて動けないだけじゃなくて、いつ始まって、何が起こったのか、敵がどんな攻撃をしてきたのか見る事すらできなかった。  ただ、ふらなが攻撃を防いだという事を、やっと理解した。  あの、漆黒の怪人から、伸びている物は……? 「触、手……?」  背中から伸びた黒く長く、太い触手がぬめり、獲物を食い損ねて宙をかいている。今一度狙いをさだめようとしている、というべきか。  こうして見ていると、奴の姿はよく解らないモノだ。  没個性的なシルエット。影絵というか、モブというか、顔に当たる部分には、大きさの違う目が二つ、形も歪に備わっている。それ以外には、鼻も口も耳もない。それに、さっきまではあった足が、スカートで隠れている。変形したのか? そんな事までできるのか? 表皮が絶え間なく蠢いているのは、ひょっとして内側で触手がのたくっているのか? だとしたら無数に触手を生やせることにならないか……?  あんなもので多面多角攻撃されたら……!  敵の触手が細く短く、背に消えてゆく。俺の背筋に冷たいものが走る。 「ふらな!」 ”先輩ッ”  呼びかけに応えて、ふらなが跳ぶ。俺を掴まえ、宙を舞った直後、俺達がいた地面を砕いて触手が二本突き出る。  少しでも遅れたら、二人とも串刺しだった。 「追撃が来る!」  間髪入れず迫る触手が、光の線に遮られ、バラバラになる。破片が大地に落ちた。  俺は彼女を凝視する。光の正体は、ふらなの左手甲部分から展開されたブレードだ。逆手に伸びる刀身は、蟷螂を思わせる。  着地と同時、ふらなの全身から血が落ちて、膝を付いてしまう。彼女に肩を貸しながら、奴の様子を窺う。  何故か、蝕神は動いていない。目を細め、こちらの様子を窺っているのか……?  「ふらな……スマン」 ”先輩……お怪我は?” 「おかげでピンピンしてるよ……アイツをぶちのめす方法は?」  ふらなと作戦を立てながら、不思議と、俺は冷静になれていた。少女が命を賭してくれているからだろうか。よく解らないが、ただ一つ、こんな所で訳も解らずに殺されるのは御免だと思えた。  ふらなさんの”先生”が言っていた言葉のおかげだろうか。そう思う事にした。  生き残るぞ。 ”……最後の一撃さえ当てられれば、あらゆるものは塵に還ります” 「オーケイ、そいつは」 ”右……ぐあッ!?” 「ふらな!?」  迂闊だった。もっと注意するべきだった!  いつの間にか忍び寄っていた黒い触手が、ふらなの首に巻き付いて締め上げている。強力な力に、倒れて伏してしまう。奴の身体から伸びてきたものより短いが、さっき切り裂いた破片が再生したのか。何でもありかよ化け物! サイボーグじゃなかったのかクソッタレ!  すぐに屈み込んで引き剥がそうとするが、ぬめりのせいで爪を立てる事すらできない。   「く……あァ……ッ」  ふらなも刀を伸ばし切裂こうとするが、絡み付き方が巧妙で、表皮をかするばかりだ。その呻きは弱々しい。ダメージが蓄積したせいか、フルフェイス式の兜が爆ぜ割れ、素顔が露になる。首を締め上げられ、血が行っていないせいか、肌が白く変色しかかっている。  一太刀、深く入ったものの、やがて、藻掻く手が、止まった。 「ふら、な?」  腕が、その場に落ちる。目はうっすらと閉じられたまま、開かれない。動かない。触手が力を無くし、ふらなの首を解放した。  ……嘘だろ?  ふらなさん? ふらな?  言葉にならない俺の全身を、悪寒が覆い尽くす。  俺の背後――蝕神が、大鉈と化した腕を振り上げている。俺に被さる影。  炎と煙、晴天、真っ二つ、ここで俺は死ぬ。死ぬ――。  過る。  過る。  今までの人生が過ってゆく。  出会った人たちが過ってゆく。  父さん、母さん、芙蓉――ふらなさん。  死んで、たまるか!  心に火が点く。  全身の筋肉に熱が叩きこまれる。  バネのフル稼働を感じ、俺は蝕神めがけて突っこんだ。  細められていた目が見開かれる。  懐に入った! 振り下ろされた腕を捕らえ、背負い、相手の力に自分の力を加えて、一気に投げる!  漆黒の怪異が大地に叩きつけられて、一瞬、その全身が激しく痙攣する。  決めてやった!  咄嗟に離れがてら、俺は叫んだ! 「ふらな! 右だ!」 「はいッ!」    弾けるように起き上がったふらなの右拳が、勢いのまま無防備な蝕神の胸部ど真ん中をぶち抜いた。  滅茶苦茶に目を乱舞させまくる蝕神の動きが、白く停止する。  呆気ない程に、塵と化して、風に流れていった。  この冷気……凍らせた、のか。 「――ピュアリティ・エンド」 「あとで言うのかよ……」  突っ込んで、俺はその場にへたり込んだ。  家が燃えてなければ、全ては悪い夢でした、で済ませられた。  深く、溜息を吐く。俺史上最悪の誕生日プレゼントにして、クリスマスプレゼント……とうまい事言おうとしても、全然収まりそうにない。 「先輩……なんであの時、ふらなの名前を呼んだんですか?」  ……いや、最悪ともいえないのかもしれない。  満身創痍の彼女は俺に寄り添って、訊いてくれた。 「言っただろ……恒久的なボディガードだって。……ずっと、護ってくれるんだろ?」  ややあって、彼女は微笑む。 「はい。言いました」 「ふらなは約束を破るような子じゃないって、なんとなく、な」 「はい。ずっと守り続けますよ。これからも――ご先祖様」 終わり。    
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