終 祓魔師ファーレイン

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終 祓魔師ファーレイン

「こちらです」 小さな教会堂の司祭に導かれて、ファーレインは、中に入って行く。  中央の通路を進むと、正面の祭壇の奥に片腕の長さ程の救世主の像があった。  ファーレインは、少し手前に立ち、救世主像を見上げた。  美しい木目がうっすらと浮かんだ、蝋を塗られて褐色に光る木彫りの立像の救世主は、目を細め、憂いを含んだ優しい微笑みを浮かべて、ファーレインを見下ろしていた。 「一見、何も問題は無いのですが」 司祭の話によると、最近、祈りを捧げる人の中に、倒れる人が続出しているという。 「やはり、悪魔の仕業でしょうか」  ファーレインは、微笑んだ。 「分かりました。対処します。危険ですので、どうか、部屋の方に戻られて下さい」 「お願いします」 司祭はそう言って、自室へと戻った。  ファーレインは、呆れた様に溜息をつく。 「救世主の像に取り憑くなんて、ナメた真似してんな」 落ち着いた声が、堂内でやんわりと響いた。当然の様に返事は無い。 「人間の生気を全く吸うなとは言わないよ。俺だって吸ってるし。ただ、限度ってもんがある。それを守れない奴は片付けるしかない」  救世主の細い目が開かれ、黒い瞳がきょろりと動く。  ファーレインを凝視した。 ≪お前は魔族か? 我が前に立つとは不届き者め。奇跡の力で成敗してくれよう≫  像の口は動いていなかったが、声は像から発せられていた。救世主を演じながらも成り切れていない詐欺師の様な底の浅い声だった。  ファーレインは思わず鼻で笑った。 「分かった、分かった。で、お前は俺に片付けられたいのか、そうじゃないのか、どっちなんだ?」  一瞬の沈黙。 「キシャーーーッ!!」 威嚇の声を上げて、黒い影の様なものが勢い良く像から抜け出して来た。赤い口を開けファーレインに向かって来る。 「片付けられたい訳ね」 ファーレインは呟いて、腰のベルトから小銃と聖水の小瓶を抜き出した。小瓶のコルク栓を親指で弾き飛ばし、中身を悪魔の方へとぶちまける。  その直前、黒い影は四方に霧散し、聖水は空しく床を濡らした。霧散した影は天井から下がる吊り下げ型の燭台の横をかすめながら再び集合した。 「ちょこまかと!」  ファーレインは、小瓶を悪魔に向けて投げる。悪魔はそれをひょいと(かわ)す。  小銃で狙いを定めるも、当たる直前に躱される。弾は壁に当たり、天井に当たり、救世主像の額に当たった。 「げっ」 ファーレインは、顔を引き攣らせた。  悪魔は救世主像の直線上になる様にファーレインに向かって行った。ファーレインは諦めた様に小銃をベルトに戻した。  悪魔がにんまりと赤い口を歪めた。  だが。  次の瞬間、悪魔は突然五つに切り裂かれた。ファーレインの魔族の右手と、その中指にはめられた指輪の聖石の力によって。  悪魔は、何が起きたのか分からない内に、空間に溶ける様に消えた。  ファーレインは、ほうっと溜息をついた。 「またボーテンに怒られるな」 人間だけの力で魔族を屠る方法を編み出したいボーテンは、祓魔師の皆に、なるべく魔族の力を使わずに倒してくれと何度となく通達を出していた。だが、手加減して倒せるほど楽な相手はそういない。皆、大抵、守れていなかった。  堂内が静かになった。  ファーレインは、右手を人間に戻し、救世主像に目を向けた。 「また魔族の力を使ってしまった私を許して下さいますか……?」  救世主像の微笑みは変わることはない。優しく、ファーレインに微笑みかけていた。額に、銀の弾がめり込んでいるが。 「これは、まずいな」 ”黙ってりゃ、バレねえよ” オルグレウスの声が聞こえて、ファーレインは、苦笑を浮かべる。 「いや、そういう訳には……」 そこまで言って、固まった。思わず周りを見渡すが、誰もいない。  いるはずが無い。オルグレウスは、消えた。消えた、筈だ。  ファーレインは、どうやって司祭に事情を伝えるか、その文言を考えてから、救世主像を見上げた。 「後ほど”救助”に参りますので、暫しお待ちください」 ファーレインは、頭を下げ、司祭の部屋へと向かった。  誰もいない堂内で、救世主像は、変わらず、優しい微笑みを浮かべているのだった。    ー終ー
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