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伝手?知り合い(オタカル)に手伝わせるにきまってるでしょ!
聖都ロムで最も多くの実力者、名家が集う高級住宅街の一角、一際豪奢な屋敷を訪れた涼花達は、勇者である事、オタカルに用があると告げると豪勢な個室、応接間に通された。
カワサキによると、オタカルはボルジア家の所有する屋敷を丸々借りているらしい。
「ボルジアって誰よ?」
「テレジアさんの母の実家。教皇様の一族ですよ」
ああ、なるほど。
涼花が納得し、出されたワインを啜りながら豪華でありながら調和の取れた内装を値踏みしていると、コツコツと廊下を歩く音の後、部屋をノックする音が聞こえた。
「いいわよ」
扉を開けて入って来たオタカルは、礼節に乗っ取ったお辞儀をし、挨拶をしようと口を開く寸前、それを制するように涼花が先に声を出した。
「というわけで金を出しなさい。特別に今この屋敷にあるだけで良いわよ」
開口一番、そのような訳のわからない事を言われたオタカルは一瞬フリーズした。
そして、少し悩んだ後、考えても理解出来る訳がないと尋ねる事にした。
「勇者から盗賊に転職ですか?」
半分ほど本音が漏れたようだ。
「違う!これよ!」
涼花は説明するよりも早いと教皇に書かせた聖戦税の徴収特権状を突きつけた。
「こ、これは……」
面倒な物を持ち出してきたな。
オタカルの顔にそんな表情が浮かんだ。
「アンタにこの権利の一部。実家の徴収権を売ってやるわ。間接的に聖戦に協力出来るのよ。それも聖教会のお墨付き。聖教徒なら断る訳ないわよね?」
「うっ……」
素晴らしく悪どい涼花の笑顔にオタカルの足は自然と一歩下がった。
本来であるならば、既に十分過ぎる協力はしていると言って断る事も出来る。
悪手でもあるが、徴収権は認めつつも自分で行えと言って煙に巻く方法もあったが、本当にやられたらどうなるか考えるのも恐ろしい。
しかし、今現在オタカルとテレジアは婚約を結んでいる。
つまり、教皇のボルジア家とオタカルのロートリンゲン家は縁戚関係になろうとしている。
そんな中で教皇が与えた特権を無碍にする行為は避けるべきだ。
また、自分で行えと煙に巻いて、敵対派閥の有力貴族にその特権を売られるなんて事になったらもっと酷い事になりかねない。
いや、この勇者であればもっと悪辣な手段をとりかねない。
現在このアホ勇者は信徒からの信頼を得ている。
それは、伝説の勇者であるという立場もそうだが、何やら街中で『性質の悪いマフィアを叩き潰した謎の美しい少女の正体は勇者だ!』等という荒唐無稽な噂話が飛び交っているせいもある。
こちらに召喚され五日と経っていないのにそんな事が出来る訳がないだろうに、とオタカルは思っているのだが、それが真実であると知るのは更に数日後の事となる。
何にせよ、誰が相手だろうと容赦しそうもないこの狂犬の如き勇者に断るのは、要求を飲む以上に被害が大きくなるとオタカルは判断した。
「わかりました。お支払いはいたしますが、あまり多くは持っていませんよ?」
父である公爵から多目に資金を持たされているが、ロートリンゲン家はあまり現金を持ち歩く主義ではなかった。
もっとも、それでも並みの貴族よりは圧倒的に多いのだが。
「ガハハハハ!素直なのは結構よ!特別に三%引きにしてあげるわ!優しいでしょ!」
「はぁ……」
オタカルは小さくため息をついた。
最初こそ『奇貨置くべし』と近づいたが、これは近寄るべきではない。
彼はそう確信した。
「丁度良いわ。オタカル、アンタも手伝いなさい」
「えっ?」
しかし、一度出来た腐れ縁とは、それはもう納豆の糸の様に粘りつき切れないものである。
「アンタ、他の貴族、領主の事は詳しいんでしょ?何処に誰が滞在していて、領地の上がりの予想とか、いくらくらい持ってるかとかアタシ達より詳しいでしょ。案内しなさい」
この勇者、間違いなく今俺にしたようなゆすりたかりを他の貴族にもするつもりだ。
そして、その片棒を俺に担がせようとしている!
「ええっと、貴族に、それも見ず知らずの相手に紹介もアポもなく押しかけるのはやめておいた方が……」
「こっちは時間が無いの。それにこっちは勇者よ?教皇からの許しもあるし、生意気言う奴は異教徒に組する異端者だって喧伝してやるから問題ないわよ」
問題しかない。
素直に金を払ったのは正解だったが、オタカルは間違いなく貧乏くじを引いてしまった。
こんな勇者を連れて回っては、間違いなく他の貴族から恨みを買う。
しかし、この勇者がそう簡単に逃がしてくれるとは思わない。
少なくとも他の身代わり羊(スケープゴート)が見つかるまでは連れ回されるはずだ。
しかし、だったら逆にこの状況を利用して、身内の被害を減らせれないかと考えながら、オタカルは諦め混じりに頷いた。
「わかりました。歩いていくのは大変でしょうし、馬車を用意させるので少々お待ち下さい」
「あら、気が利くじゃない。徴収したお金を運ぶから出来るだけ大きな馬車を用意して頂戴」
あまりの図々しさにオタカルの笑顔が少々引き攣る。
「そ、それでは乗る用と二台用意させましょう」
オタカルはそう言って、使用人に馬車の準備と飲み物と菓子を二人に出すよう指示を出すと、何枚かの手紙を書いてそれを同派閥の貴族達に届けるよう言いつけた。
「(少なくとも身内だけは逃がさねば……)」
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