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聖戦軍の完成よ!(この人達、薬物検査やったら引っ掛かりそう……)
「縦隊!前へ進め!」
ギラギラとした瞳の兵達が、一糸乱れぬ動作で整列、行進、駆け足、陣形の構築、突撃等の動作をこなす。
三ヶ月前、五千人以上いた志願兵は三千人強までその数を減らしていた。
しかし、長きにわたるカルト教団の洗脳と軍隊教練を悪魔合体させたかのような、涼花’s新兵訓練(リョウカズ ブートキャンプ)を潜り抜けた志願兵達は、見た目にもその体を一回り大きくさせただけでなく、かつては希望と使命感に満ちていた瞳へ更に禍々とした狂信の炎を新たに加えている。
この世界初となる、標準化、合理化された近代的な歩兵操錬により、他の寄せ集めの軍とは隔絶した連携力を身に付け、真紅の布地に勇者のシンボル(二股ポニーテール)を縫い付けた揃いの制服を着た彼等は、正に一個の巨大な生物、生きた炎のようでその躁錬を見てきたはずのオタカルでさえ身震いするほどであった。
そして、涼花はその光景を厳しい目で見つめる。
この狂信者の軍勢にして、世界初の近代的軍隊、それを作り上げるまでの三ヶ月間は、兵達、涼花、そして、無理矢理付き合わされたカワサキやオタカル、オタカルの配下にとっても非常に濃厚かつ濃密な日々だった。
初めは、自己批判による人格破壊と基本教練に費やした。
自己批判はまだよかった。
無理矢理怪しげな葉を焚き染めた暗く狭い廃修道院に押し込め、睡眠も食事も許さず自己批判を繰り返させ、価値観を破壊し、心の弱った所で褒め、勇者に、この共同体に依存するよう洗脳した。
問題は団体行動と連携だった。
整列と行進。
ただそれだけですら、彼等は戸惑い、揃った動きなど夢のまた夢に思えた。
更に廃修道院に来るまででも、野外での団体行動になれず脱走兵が出ていたが、この一月で二割近い脱走者が発生していた。
涼花はこの時点ででの脱走兵には、物資を持ち逃げしない限り、それを黙認していた。
そして、一月後には洗脳もガッチリとキマり、今まで不揃いであった兵達の動きも意識して合わせる事が出来る様になっていた。
この頃から、洗脳に費やす時間を減らし、訓練も武器を所持し行わせ、隊列を維持したままの走り込み、複雑な隊列への変化等が加わりだした。
すると、当然個人差も大きく目に見えるようになり、涼花はその中から、覚えの良い者、人を指揮した事のある者、才のありそうな者を選抜し、仮の小隊長とし簡単な指示を出せるよう教育しだした。
訓練は、日を追う毎に徐々に厳しさ、難度を増していったが、こうなってしまえば半月もする頃には体はヘトヘトであっても精神的には僅かな余裕が生まれてくる。
そうなると、当然兵たちの間でいざこざも増えてくるものだが、涼花はその気配を察すると一気に訓練のレベルを引き上げた。
就寝中の非常呼集、最低限の装備での山中行軍、ゲリラ戦術の実体験、極限下でのサバイバル訓練、対尋問訓練に実践方式の脱走兵への山狩りに加え、指揮官候補には読み書きに算術、地図の読み方に測量、戦術指南に兵糧の計算方法等々、あらゆる士官教育を叩き込んだ。
特に指揮官候補への教育は、オタカルの配下にも読み書きすら出来ない者が多々おり、涼花が全て一人で担当する事になった。
そして、後は彼等に課した課題をギリギリ到達できるか出来ないかのレベルに設定ししごき続けた。
課題をクリアできれば、敬愛、信奉する涼花からお褒めの言葉と共に僅かな甘味が与えられ、失敗すればオタカル配下の魔術師である教官達達から一人一人指を刺し叱咤され、自己批判を行わされる。
涼花はそれをひたすら繰り返した。
さらに途中リタイアをする兵達にも温情を示し、物資を盗む等の犯罪を犯した者以外は、幾許かの食料と金銭まで持たせ「聖戦に向かう事だけが戦いではない。自分の出来る事をしなさい」との言葉を一人一人にかけ偽りの涙まで流して送り出すアフターフォローも行った。
結果、四割もの脱落者を出し、勇者涼花の為ならば死をも恐れぬ、三千の狂信者精鋭部隊が誕生したのだ。
そして、この三千という数はけっして少ない数ではない。
ほとんどが歩兵、それも魔法の使えない一般兵という点だけ聞けば心許ないが、直線距離で2千kmもの距離を移動し戦争を行うとなれば、その経済的負担は並みの一国でも難しい。
個人的な利ではなく、狂信的な信仰で動く兵三千というのは、与える領地、継続的な資金供給元のない涼花が、貴族達から巻き上げた膨大な資金でまともに運用できる最大数、最大戦力なのだった。
狂信的精鋭の育成は、望んで行ったと言うよりも安く、強く、忠実な兵を数をそろえる為にはそれしかなかったという苦肉の策であった。
しかし、結果としては予想を上回る妄信ぶりの十分過ぎる仕上がりに涼花は満足しつつも、これが実践で通用するかという不安に一抹の不安を抱いていた。
「ボク怪我でリタイアした人達は凄く残念そうだったのが、凄く怖かったです……」
片手で鼻毛を抜きながら悩んでいた涼花の横でカワサキが恐れとも呆れとも取れる不思議な表情で呟いた。
「まぁ、依存するように洗脳したから当然よ。ちゃんと飴も与えたしね」
カワサキはここ三ヶ月を振り返り、涼花が「感動したっ!」「君はアタシの誇りよ!」という言葉とともに与えた僅かな菓子を彼等が何よりも大切にしていたのを思い出し額から一筋の汗を垂らした。
「あのお菓子に麻薬とか入ってないですよね?」
「……この世界で違法な物は入れてないわ」
この世界にはまだ麻薬、違法薬物取締りの法はない。
「もう完全にカルト教団の洗脳じゃないですかっ!」
耐え切れず叫んだカワサキに涼花は座った瞳で冷静に答えた。
「カルト教団の軍隊なんだから当然でしょ?」
そう言うと涼花は抜いた鼻毛を風に飛ばし、操練を続ける兵達を睥睨した。
これ以上は実戦を積むしかないわね。
涼花はそう考えると手に書類を持ちながら虚空を見つめ、ブツブツとうわ言を呟いているオタカルの方を向いた。
「オタカル!兵站の方は万全に出来てるんでしょうね!?」
その声に我に返ったオタカルは、状況を思い出す素振りをすると手に持った書類を捲り、涼花の方へ差し出した。
「勇者様の提案した入札?による御用商人の選出、契約の確認、輸送船の手配、移動ルートの選定とその周辺の情報収集、可能な限り終わっていますが、実際は現地に行ってみないと何とも……」
涼花は受け取った書類をパラパラと捲り確認する。
特にともに戦場まで着いてくる御用商人との契約書、不当な値上げや粗悪品に対する罰則、その他諸々の不正に対する縛りとその違反金の取り決めは、綴りの間違い、サインに抜かりがないか隅々まで目を通した。
「今出来る事を出来る限りやっておくしかないわ。それより、教えた複式簿記はしっかりマスターしたようね。物資や資金、資本の現状把握は重要だから書類の確認は二重チェックを忘れないように」
涼花は満足そうに書類を叩きオタカルに返した。
「あのそれで相談なんですが……」
目の下に真っ黒なくままで作って疲れきった顔のオタカルは、諦めきれない表情で藁にもすがる様に口を開いた。
「何よ?」
「もう少し、俺の仕事減らしてもらえませんかね?せめて人数を増やすとか……」
「無理よ」
ニベも無く断る涼花にオタカルはガクリとうな垂れた。
「そもそも、字が読める人間が少ないんだからしょうがないじゃない。指揮官以上には最低限の読み書きと四則算を叩き込んだけど、事務仕事が出来るほどじゃないのはわかっているでしょ」
オタカル配下の魔術師ですら、それが出来るのは半数以下、軍の規模が大きい以上少ない事務方に書類が殺到するのは当然である。
そして、実際に軍事行動を起こせば、その忙しさは加速度的に大きくなっていく。
「ま、安心しなさい。事務ができる人材を拾ったら回してあげるわ」
そんな人材がほいほい手に入ると思うほどオタカルは楽観的ではない。
三ヶ月以上前に実家に人材の融通を願う手紙を送ったが、その返事だけが何の音沙汰も無いのは完全に黙殺されている。
ブラック企業が如き真っ暗な未来に、オタカルの頭に脱柵が頭を過ぎったが、あの恐怖の山狩りはもう二度と御免である。
倒れそうになっているオタカルを尻目に涼花は腰に手を当て堂々と宣言をした。
「それじゃあ、勇者聖戦軍。いえ、涼花聖戦軍による征服劇を始めるわよっ!!」
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