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ここは何処?アタシが勇者!?
「ゲェホッ!ゲェーホゲホッ!ええぃ!一体どうなっているのよ!?カワサキ!アンタ何かわかる!?」
「こんな泡だらけじゃぁボクだって何もわかりませんよぉセンパイ」
センパイと呼ばれたなかなかに美人だが、気が強そうなセーラー服の少女は、ぴょっこりと二股に分かれどこかカモメに似た短めのポニーテールを激しく揺らしながら犬のように体を震わせ虹色の泡を振り払うと、目の前の状況に唖然と目を見開いた。
ついさっきまで学校の屋上にいたはずが、今は無駄に豪華な室内、それも明らかに日本人ではない人々に囲まれているのだ。
「セ、センパイ何なんですかこの状況っ!?」
カワサキと呼ばれた眼鏡をかけた気の弱そうな少女は、脅えるように自分より背の低いセンパイと呼んだ少女を抱きしめ震える。
「ええい暑苦しいっ!そんなに抱きつくなっ!」
抱きつくカワサキを剥がそうとしている少女に近づく影があった。
それは、豪奢な僧服に身を包んだ気丈そうな美しい少女だった。
「な、何よ貴女!?」
構えるポニーテールの少女達に彼女は祈るように膝を折った。
「しゅ、宗教勧誘なら興味ないわよ!」
「○△×?」
ポニーテールの少女は、言葉そこわからないものの彼女から敵意のような物は感じられず、僅かに警戒を解いて顔を見合わせた。
「何を言っているんでしょう?」
「さぁな。ただ発音や単語はドイツ語っぽいが流石にわからん」
二人が困惑していると、僧服の少女は落ち着いた所作で懐に手を入れ何かを探した。
「ま、まさか拳銃とかじゃないですよね~」
「そん時は奪ってやればいいわ」
何やら物騒な事を言っているのを知らない僧服の少女は、取り出した物を手の平に載せ、ゆっくりと二人の前に差し出した。
「これは指輪ですね」
「ん、何だ?くれるのか?」
不思議そうにする二人に僧服の少女は、それを自分の指に嵌め、ゆっくりと口を開いた。
「勇者様どうでしょう?これで私の言葉はわかるでしょうか?」
僧服の少女の口から流れる流暢な日本語に二人は驚いた。
「おぉっ!?日本語だ!?」
「センパイ!どうなってるんですかこれ!?魔法!?魔法ですよ!?」
驚く二人に僧服の少女は優しく微笑むと指輪を外し、一瞬悩んだがセンパイと呼ばれた少女の手を取り、その指にそれを嵌めた。
「ど、どうですセンパイ!?」
「――っ!聞こえるわ!周りのざわめきがちゃんと(?)日本語に聞こえるわ!」
「少し失礼します」
僧服の少女はその光景を満足そうに認めると、ゆっくりと身を起こし最も荘厳な衣装に身を包んだ老人へと目配せをし頷いた。
そして、その老人は大仰な素振りでこう宣言した。
「今、勇者召喚の儀は成った!!」
一瞬の沈黙の後、巨大な聖堂は歓声で揺れるほどに湧き上がった。
「勇者万歳!」
「聖教会万歳!」
「聖戦軍に勝利をっ!!」
「魔族を滅ぼせっっ!!
半数以上の人々が気を失っていてなお、耳が痛くなるほどの歓声に二人の少女は耳を押さえるが、その声量に倒れた者が起き上がる度に増していく。
皆狂ったように拳を挙げ、喉が涸れんがばかりに声を張り上げ、近い者と互いに手を打ち合った。
「センパイ一体どうなっているんですか!?」
「アタシにもさっぱりわからないわよ!ただ、アタシ達の事を勇者だと思っているっぽいわよ!」
勇者という単語にカワサキは怪訝な顔をした。
「センパイが勇者?」
「何よ。アタシが勇者で何か文句あるわけ?」
「いえいえ、そんなわけないじゃないですか……しかし勇者って――」
カワサキは少しだけ考え、楽しそうに手を打った。
「これってもしかして、今流行の異世界転生ってやつじゃないですか!」
その言葉に勇者は怪訝な顔をした。
「異世界転生というには、まだアタシは死んだ覚えないし、そんな二番煎じどころか千番煎じくらいしてそうな時代遅れのイベント巻き込まれたと言うのは信じ難いわね」
「そんな事言って、先輩だって本当は嬉しいんでしょ♪」
ウンザリした顔の勇者のわき腹をウリウリとつつきながら、カワサキは少し疑問を抱いた。
「それに時代遅れって事はないんじゃないですか?最近だって結構異世界転生物のアニメやネット小説が沢山出てるじゃないですか?」
勇者はカワサキの肘を強引に払うと、どこからか白衣を着込み似非博士ファッションになり『ゴホンッ』と咳払いをした。
「時代遅れは言い過ぎにしても、異世界転生や異世界召喚、所謂異世界物は古くから山ほどあるわよ」
「そんなに昔からあるんですか?」
カワサキは不思議そうに首を捻った。
「近代日本のサブカル史だけでも1980年代には有名なロボットアニメの監督が異世界召喚小説を書いているし、1990年代には深夜アニメの転換期ともなったエルフを脱衣させる異世界召喚アニメをはじめ、様々な異世界物のアニメが登場したわ」
「今アニメになったとしても斬新過ぎる設定ですね……」
感心していいのか、呆れていいのかカワサキの顔には複雑な表情と汗が浮かんでいる。
「そして、2000年代には女性向けの異世界で魔王になるアニメや元成人向けゲームのシナリオライターによるゼロな使い魔の異世界召喚アニメが大ヒットするなど、この頃には既に異世界物はオタク文化の定番化しているわ」
「ほぇ~。ボクはてっきり携帯小説が発祥とばかり思っていましたよ」
「所謂なろう系ってやつね。それも、ここ十数年。無職が異世界転生して本気を出す作品が元祖みたいな扱いを受けているけど、本当はそれ以前から定番の勇者系やグルメ系、追放系、人外転生系等々、同じ異世界物でも様々なタイプの作品が溢れていたわ」
「それを聞くと異世界物ってのは定番ネタなんですね」
納得するカワサキとは対照的に勇者は納得いかないようにイラついた顔つきになって愚痴る。
「よく無双だのチートだの言われているけど、江戸時代が舞台の剣客が商売の作品や平凡なサラリーマンがトントン拍子で出世していく作品なんかも、明らかなご都合主義のチート系なのに異世界物だけ悪し様に言われるのには納得いかないわ」
「まぁ、言われてみれば確かにそうですが、異世界物は悪者と言うか、低俗な作品扱いされますよね」
「因みに中国には唐の時代に蟻の国に行って国王の女婿になる話もあるし、H・P・ラブクラフトの作品セレファイスでも異世界の王として永遠に幸福に暮らすってのがあるわ」
「うわー。古今東西夢見る事は同じなんですねー」
何とも低俗な人類永遠の真理に近づいてしまったと、何とも言えない気分のカワサキとは正反対に勇者はニヤリと笑った。
「しかし、これが異世界召喚となると面白い事になったのは確かね」
「あの……勇者様?」
勇者が振り返るとそこには先ほどの僧服の少女が、少々困惑した表情で二人の方を向いていた。
そして、彼女の後から熱狂した大勢の高位聖職者、貴族の視線がこちらを向いていた。
よく考えなくても二人はとんでもない状況下であった。
「おおぅっ!?すっかり忘れてた!」
「お話中のところ申し訳ありません。どうか皆に手を振って頂けますか?」
そう言われ勇者とカワサキは再度周りを見渡した。
「勇者様!」
「魔王を倒せ!」
「聖戦軍万歳!」
「ひぃっ!!」
自身が置かれている状況下を再確認し脅えるカワサキ。
浴びせられる熱狂に当然の反応ではあるが、それとは対照的に勇者は不適に、ニヤリと怪しげな笑みを口に浮かべると、大げさな動作で振り返り、大きな大聖堂中に響く大きな声を張り上げた。
「諸君!魔王の事は全てアタシに任せなさい!各々が捧げてくれる信頼、想いの大きさの分、アタシは力を振るってみせるわ!!魔王の事は全てアタシに任せなさい!!」
その大言壮語にカワサキは驚き、観衆は喜び、その熱狂は加速した。
「おおおおっっーーー!!」
「勇者様はやる気だ!」
「魔王を倒せ!!」
「勇者様万歳!!」
「魔族を打ち滅ぼせっ!!」
先ほどよりも明らかに大きな、大地が震動するほどの喝采と歓声、勇者達のわけのわからない雑談に不安を覚えた僧服の少女も安堵の表情を浮かべている。
「突然の事に驚いていられるかと思いましたが、流石主が使わせてくださった伝説の勇者様。素晴らしい胆力です」
彼女はそう言うと目尻に涙を浮かべた。
「ガハハハハっ!もちろん全てこの勇者に任せておきなさい!」
そう高笑いする勇者の姿にカワサキは一人嫌な予感を感じ、不安そうに額に汗を浮かべていた。
「絶対によくない事企んでる……」
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