で?結局何の用なの?

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で?結局何の用なの?

「それでアタシ達に何をさせたいの?」  観衆の熱狂も落ち着いた頃、落ち着いた一室に移された勇者は、細かな細工の施された椅子にだらしなく座り、出されたワインをグビりと呑みながらそう尋ねた。  彼女等を召喚した女性僧侶は、そのふてぶてしい態度にどう対応していいのか悩みながら口を開いた。 「ええと、一応の目標は魔王の討伐です。聖戦軍の魔術師、聖戦士達と共に魔王軍を打ち滅ぼし、正しき信仰を広げて欲しいのです」 「ひぇっ」  何ともな要求に小さな悲鳴を上げ脅えるカワサキ。  それとは対照的に冷めた表情の勇者は、また一口ワインを飲みながら更に尋ねた。 「その滅ぼすと言うのは何処までの話しなの?本気で族滅、民族浄化なんてするつもりなんて貴女……えーと」  どう呼べばいいか悩んだ勇者に女性僧侶は忘れていたと名を名乗った。 「申し遅れました。私は司教のテレジア・ルターと申します。勇者様召喚の主任術師と勇者様付き神官を拝命しております。以後お見知りおきを」  礼儀正しく完璧な所作で頭を垂れるテレジアに、勇者も一度杯から手を離し、両手を膝に乗せて頭を下げた。 「アタシは東高二年、津宮涼花(つみや りょうか)。で、こっちが後輩のカワサキよ」 「カ、カワサキです。よろしくお願いしますっ」  涼花の紹介で水を飲んでいたカワサキも頭を垂れた。 「それで、そっちの本心としては、どの辺りで手打ちにしたいのよ?本気で敵を全て殺し尽くせるだなんて思っているわけじゃないんでしょ?」  涼花の歯に衣着せぬ物言いに、テレジアは僅かに引いたものの、煩わしい腹の探り合いよりは自分もこちらの方がいっそ気が楽だと思い直し、小さく頭を振った。 「恥ずかしながら聖戦軍どころか、聖教会内でも主張が分かれておりまして、具体的な最終目標の総意が定まっていないのです」  その言葉に涼花は顔を顰めた。  聖戦軍、聖教会のトップにそれでだけの力がないのか。  それとも各自が欲と狂信の為に好き勝手動いているのか。  どちらにせよまとまりのない大勢力など、誰にとっても非常に厄介な災害だ。  しかし、すぐに彼女はほくそ笑んだ。  だからこそ自分が好き勝手にやるチャンスだ、というとんでもないポジティブ思考が脳内に涌出たからだ。 「どうしてそんな状況になったのかね?」  テレジアはニヤつく涼花を不審に思いつつも順を追って話した。  隠者ペーターによる民衆聖戦軍とそれに触発された各地の民衆と貴族、魔術師達。  それによって起こった正規の第一次聖戦軍と第二次聖戦軍。 「第一次が成功した為、更に第二次聖戦軍を送ったものの大規模な反攻を招き、劣勢に立たされたまま膠着状態になっておりまして……」  そこまで話したテレジアは非常に言いづらそうに上目づかいで涼花を見た。 「勇者なんて召喚せずに第三次聖戦軍だかを送ろうとは思わなかったの?」  涼花の当然な疑問にテレジアは更に言いづらそうな顔になり言葉に詰まった。 「うっ……聖教会、参加各国にも政治的な事情がありまして……」  テレジアの体面を気にした言葉選びに涼花は眉を顰めた。  このままでは望んだ答えは出てこない。 「それじゃあ、最初に聖戦軍を、正規の聖戦軍を主導したのは誰なの?」  答えを促すように質問を変えた。 「誰といいますか、各国の血気盛んな信者達の信仰心に教皇猊下が答え、各国に呼びかけた始まった神の御心の表れであると……」  涼花が胡散臭げにジト目睨むと、テレジアはそれに耐えかね視線を逸らした。  恐らく、民衆聖戦軍という時勢を利用し、教皇の権力、影響力の拡大に利用した。大体そんな所だろう。 「それじゃあ、第三次聖戦軍を一番望んでいるのは何処の勢力なの?」  テレジアの立場を考えれば、失敗しかかっている事業の責任が聖教会にあるような事は言えない。  ならば質問を変えるべきだと涼花は考えた。 「それは誰もが――「そういうのいいから」」  テレジアの建前を遮り涼花は続けた。 「誰もが望んでいるなら、主導権争いに躍起になり、軍勢と物資を準備して我先にと戦功争いをするものよ。間違っても存在すら胡散臭い伝説上の勇者なんかを呼び出して丸投げになんてしないわよ」 「ぐぬぬぬ」  ぐうの音も出ない正論の右ストレートにテレジアは額に汗を流した。 「ちょっとセンパイ。もう少し歯に絹を着せましょうよ」  自制を求めるカワサキを無視し涼花は続けた。 「アタシの予想としては、現地入りして一時的に領地を得られたが失った魔術師、貴族が一番望んでいて、その次に聖教会といったところかしら?」  テレジアは何か言いかけ、しかし、肝心の言葉が出ずに項垂れた。 「はぁ、もう少し私の立場も考えて質問して欲しいものです」 「あははは、心中お察しします」  可哀想な被害者仲間を見るような目のカワサキにテレジアは更に肩を落とした。 「まぁ、貴女には遠回しな表現は無駄でしょうし素直に全部お話ししましょう」 「はじめからそうしなさいよ」 「セ、センパ~イ」  涼花の悪びれない態度にテレジアはまた小さくため息を吐いた。 「大体貴女の推測どおりです。各勢力内でも幾つかの派閥に分かれていますが、基本的に各国の王や貴族はこれ以上の出費を望まな者が多いです。聖教会の主流派、教皇派は各国に影響力を確保し、異教徒にも十分な制裁を加えたが、最後に一押し、優勢を維持しつつ終了したいと考えています。勿論全く逆の主張をする者も多くいます」  あまりのまとまりの無さに涼花は顔を顰めた。 「現地の魔術師達の方は?」 「彼等は基本的に聖戦継続を望んでいますが……おはずかしながらも同じ聖戦軍内でも互いに領土を奪い合っていた事もあり、自身へ援軍は欲しいが他へはやりたくない者や一度手にした領地を取り返すまでなら欲しい者、身内を失いとことんと戦いたい者までおります」  テレジアはそこまで言うと、状況を言葉に出し再確認し痛む頭を押さえるように額へ手を当てた。  これは一枚岩ではないどころの問題ではない。  百家争鳴と言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと諸説紛紛。  全く異世界情勢は複雑怪奇なり、と涼花は酷く面倒くさそうに表情を歪め思案した。 「そうなると問題は――」  涼花がそう言いかけた時、部屋の外から騒がしい声と足音が近づいてきたかと思うと、ノックも無しに乱暴に扉が開かれた。 「ヒッ!」  可愛らしく悲鳴を上げるカワサキとは対照的に、テレジアは僅かに驚く素振りを見せるも、すぐに招かれざる侵入者へ厳しい視線を送った。  そして、涼花も同じように少々驚いてはいるようだが、机に肘を突いたままワインを呷りながら観察した。  彼女らの視線の先には、豪奢な服に身を包んだ若く、傲慢そうな20代後半くらいの青年とそれに付き従う見るからに腰巾着な二人の青年、そして、彼等を諌めようとするも叶わなかったであろう、顔は良いが苦労の染み付いた身なりの良い青年がいた。  この傲慢そうなそうな金髪の青年は、涼花を見止めるとその外見通りの高慢な声を発した。 「そこの女!貴様本当に勇者か?大方、そこの背徳教皇の孫が仕立て上げた下賤な役者ではないのか?」 「フレーゲルっ!貴様、教皇猊下と勇者様になんて事を!!」  テレジアは立ち上がり怒髪天といった形相で怒りの声を上げるが、フレーゲルは脅える事無く鼻で笑い更に続けた。 「貴様が本当に勇者だと証明したいのなら、このラインハルト・フォン・フレーゲルの挑戦を受けるがいい」  そう言って、フレーゲルは腰から短剣を抜くとそれをテーブルへと突き立てた。 「神の御前でそのような勝手っ!!」  フレーゲルの目論見にテレジアは声を上げるが、その行為は俗界に属する行為。  聖教会内とはいえ彼女の権限で静止できるかどうかは非常に微妙な問題だ。  机に短剣を突き立てる行為は、聖教会文化圏内における決闘の申し込みであるのだが、当然それを知らない涼花にもただならぬ事態だと額に汗を浮かべる。 「ちょっと待て、いきなりそんな事言われて私にどうしろって言うのよ!?」  フレーゲルはニヤリと笑った。 「貴様に勇者としての資格があるか証明する機会をくれてやると言っているんだ。この私と決闘する事によってな」  決闘。  その言葉に涼花の耳がピクリと動いた。  そして、フレーゲルの身なりを確かめると辺りを見渡した。 「ねぇ!そこの……幸薄そうなアンタ!」  涼花はフレーゲルを諌めながら入ってきた、最早諦めの表情を浮かべていた身なりの良い青年に声をかけた。 「幸薄そうなって……俺?」 「そうアンタよ。ちょっとこっちに来なさい」  何とも酷い言われ様だが、何か思い当たる事がそれなりにあるのか、男は少し考えると軽くため息を吐いて軽く額を押さえながら涼花に近寄った。 「俺はオタカル・フォン・ロートリンゲンと申します。何か御用でしょうか勇者様?」 「アタシは涼花よ。それより聞きたい事があるんだけど――」  涼花は顔を近づけ、僅かに頬を染めるオタカルに耳打ちするように聞いた。 「あのフレーゲルとかいう男は金持ち?というか何者?大切な事を包み隠さず手短に教えないさい」  整った顔が絵に描いたような悪巧み顔変わり、嫌な予感を覚えつつもオタカルは正直に答えた。 「え、ええ。裕福な有力貴族のご子息で召喚に失敗……勇者様が現れなかった際に勇者に叙せられる予定の方でした」  それを聞いた涼花は悪巧み顔を色濃く、欲に満ちたオーラを出しながら更に尋ねた。 「ロートリンゲン君。こちらの決闘文化には身代金の要求というモノはあるかね?」 「ええ、まぁ、ありますけど……って、勇者様もしかしてっ!?」  驚くオタカルを無視し、涼花は机に突き立てられた短剣を抜くと、その切っ先をフレーゲルに向け、強欲に彩られた笑みで声を上げた。 「よしっ!その決闘受けて立つわ!!」
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