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で?魔術って何なのよ?
ボコボコにされた挙句、有り金どころ鎧や服まで剥ぎ取られたフレーゲルは、恨めしそうな顔で涼花を睨みながら小さな声でボソリと言った。
「メスオーガ(戦鬼)めが……」
「ああん?アンタなんか言った?」
しかし、涼花の地獄耳はそれを捕らえ、ギロリと睨む。
「ヒィッ!な、なんでもないっ!!」
怯え、仲間を引き攣れそそくさと逃げ出すフレーゲルを尻目に、奪った金貨銀貨の詰まった皮袋を両手に持って涼花は豪快に笑った。
「ガハハハハ!いや儲かったっ!!」
それもそうだ。
下着までは剥ぎ取らなかったまでも、フレーゲルの腰巾着達からも有り金だけでなく装飾品は勿論、その身に纏っていた高価な衣服まで脅し取り、その総額は並みの農民ならば数代遊んで暮らせるほどの金額にもなった。
「盗賊のような人だ……」
オタカルのその言葉が聞こえたのか、涼花は振り返って声をかけた。
「ちょっとアンタ」
失言だった。
このままではいちゃもんを付けられ、俺までカモにされるのではとオタカルは表情を歪めた。
「な、なんでしょうか?」
「……そういえばアンタ誰よ?フレーゲルの子分じゃないようだけど?」
しかし、幸運な事に涼花にその呟きは届いていなかった。
何だそんな事かと、ホッと胸を撫で下ろしながらもオタカルは自身がしっかりと挨拶をしていなかった事を思い出し、しまったと姿勢を正した。
挨拶は大事だと聖典にもそう書いてある。
「失礼しました。俺はオタカル・フォン・ロートリンゲン。そちらにいらっしゃいますテレジア・ルターの婚約者です」
振り返るとテレジアは軽く頭を下げそれを肯定した。
「きゃー!センパイ!婚約ですって!美男美女の婚約なんてまるでファンタジー世界のお貴族様みたいですよー!」
純粋に楽しそうにはしゃぐカワサキを五月蝿そうに押し退けながら、涼花は高位聖職者と有力貴族の政略結婚に何とも言えない表情で二人を見た。
「二人とも納得しているようだからまぁ良いけど。お偉いさんも大変ね」
何を言わんとしているか理解したテレジアとオタカルは、この人にも人を心配する心があったのかと意外な発見に心の中で驚いていた。
「歳も近いですし、相手に不満もありません。私は恵まれていますよ」
「ええ、俺としても相手がテレジアなのは幸せです」
そう平然と自覚のない惚気を言ってのける二人に、流石の涼花も砂を吐きそうな何ともいえない表情を浮かべたが、それは先ほどの表情とは趣の違ったものであった。
「そ、そうね。親子ほど歳が離れているわけでもないし、互いが満足しているなら良いことよね」
聖戦やら決闘やらが平然とまかり通る世界だ。
領主に手篭めにされるならまだマシ。
野盗化した傭兵に村ごと滅ぼされるなんて事すら日常的な出来事、こんな世界に産まれなくって本当によかった。
しかし、そんな世界に呼び出されしまったからといって、黙って大河に身を任せてしまえる涼花ではなかった。
平和な世では出来なかった事をしてやろう。
彼女の脳内では、悲観的な考えは隅へと追いやられ、この世界を楽しむという大義が際限なく膨張していた。
そして、今彼女にとって最も気になっているものがあった。
「そういえば、あのフレーゲルってのが使ってた魔術ってのをアタシにも教えなさいよ」
幼い頃こっそりと魔法や必殺技の練習をした酸っぱい思い出は誰もが持っているものだろう。
魔術などと言うファンタジーで素敵な響きの力があれば、自分も使いたいと思うのは人として当然の事。
しかし、涼花の期待とは裏腹にオタカルとテレジアは困ったような表情を浮かべ互いに顔を見合わせた。
「何か問題でもあるの?」
「ええまぁ、少々問題が……」
言いずらそうにするテレジアに涼花は問いかけた。
「兎に角話してみなさい。それから判断するわ」
「単純に時間がかかるんですよ」
それに答えたのはオタカルだった。
「期待されている所申し訳ないのですが、才能のある者でも魔力を感じるようにまで一年、魔術を実用可能なレベルにまでなるには最低でも十年以上かかるんですよ」
それを聞いた涼花はジト目で睨むようにオタカルを見た。
「つまりなにか?魔術なんてとんでも技術が飛び交う戦場へ、アタシは魔術無しで飛びこまにゃならんのか?」
涼花の最もな批判にテレジアはばつが悪そうな表情を浮かべた。
「いえ、けっしてそういうつもりではなかったのですが、てっきり勇者様は魔術を使えるものとばかり……」
そう言われると双方の認識の違いというか、誰が悪いわけではないので涼花としてもこれ以上攻める事は出来ない。
最も、一流の魔術の使い手を身体能力と戦法と勢いのみで圧勝していた涼花に魔術が必要かどうか。
「「「(((この人に魔術はなくても大丈夫だろう)))」」」
はからずしも涼花以外の意見は一致していた。
「一応聞いておくけど聖戦軍としての出立はどれくらい待てるのかしら?」
「勇者様の叙任式が三日後ですから、早くて一週間、遅くても三ヶ月以内には出立すべきだと思います」
それの準備期間が長いか短いかは兎に角、流石に魔術を習得していられるだけの時間は当然なかった。
「魔術を学ぶには少し短いわね」
「少し短いじゃなくて普通不可能ですよ」
オタカルはまだ諦めきれない涼花にそう言い聞かせるが、彼女はそれでも魔術への憧れを捨てられなかった。
「駄目で元々よ。とりあえず試すだけ試してくれない?」
そう言った涼花の目にオタカルとテレジアは強い意志を感じた。
そして、彼女ならやってしまえるかも。
伝説の大魔術師の如く、短期間で魔術を身に付けてしまえるやもと。
オタカルは小さく息をつきテレジアと顔を見合わせた。
「それでは先ずは魔力を感じるところから。こういうのはオタカルさんの方が通じていますのでお願いできますか?」
テレジアの言葉にオタカルはゆっくりと前に出て手を差し出した。
「俺の手を握ってください」
「こうかしら?」
涼花は差し出されたオタカルの手を無造作に掴んだ。
その小さくもしっかりとした体温の高い手をオタカルは両手で優しく包むように握りなおす。
「魔力を少しずつ流すのでそれを感じ取ることに集中してください。ただし、魔力を感じる前に体調不良を感じたら直に訴えてください。素人に流しすぎると少々危険ですから」
「わ、わかったわ」
流石の涼花も年頃のそれも容姿の整った貴公子に手を握られれば赤面くらいはする。
カワサキはそれを少し面白く無さそうに眺めた。
「いきます」
オタカルは慎重に魔力を涼花へと流し込んだ。
「……」
涼花は目を瞑り精神を研ぎ澄ませその力を感じ取ろうと集中した。
ゆっくりと時間が流れる。
既にオタカルの手の平からは十分な量の魔力が流し込まれ、才のない者であろうと魔力は感じられなくとも何か体調への異変を感じる程度の量は流れ込んでいるはずであった。
その場の誰もが緊張し心音すら聞こえそうなほどに静まり返った。
「……どうですか?何か感じますか?」
堪えきれなくなったのか、自身が魔力を流している事から来る責任感か。
オタカルは涼花へと尋ねた。
涼花はそれに答えるようにスッと目を開けた。
「何もわかんないわ!オタカルアンタちゃんと魔力流してるの!サボってるわけじゃないでしょうね!?」
心配して聞いてやったにもかかわらず、心外な台詞を吐かれたオタカルも流石にカチンと来たようでにこやかに笑いながらも額をヒクつさせる。
「ちゃ、ちゃんと魔力を流していますが、もしかしたら少なかったかもしれませんね」
「もう、けち臭い出し惜しみはいいからじゃんじゃん流しなさい!」
「ハハハ、わかりました量を増やしますね~」
若干目の座ったオタカルは流し込む魔力の量を増やした。
「ちょ、ちょっとオタカルさんっ!?」
その量に驚いたテレジアは止めにかかるが、オタカルは座った目つきでそれを制止した。
「大した量じゃないんで大丈夫ですよ。ねぇ、勇者様?」
「ん?この際だドンドン増やして良いわよ!」
テレジアはその魔力量に驚き何か言おうとしたが、オタカルからの圧力、何も分かっていない涼花がそれを承諾するのを停めるわけにも行かず、それをただ見ているだけしか出来ない。
「それじゃあ、もう少し増やしますよ」
「おう!かまわん!魔力に目覚めるまでドンドン流し込みなさい!」
涼花は自身の身に秘められた力を信じ、オタカルも自身の実力と異常が出たらすぐ止めればいいとドンドンと魔力を流し続けた。
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