1ー1

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 家を出る前の日課は弟を起こすこと。  控えめにノックして弟の部屋に入り、ベッドの傍に立つ。  カーテンの隙間から差す優しい光に包まれて、2歳離れた弟の翼は穏やかな寝息を立てていた。  長いまつ毛が柔らかい頬に影を落とす。薄く開いた形のいい桜色の唇。艶々の黒髪には天使の輪。 「……天使じゃん!」  翼の寝顔を見て、思わず口から溢れた。  美の神アフロディテに愛されて生まれたのだろう。年々美しさと可愛さに磨きが掛かっている。止まるところを知らない。  スマホを向けて、天使の寝顔を撮影した。毎日の寝顔記録で翼フォルダが潤う。  時間を忘れて見惚れていた。いつまでも眺めていたいが、そろそろ起こさなければ。もう、俺がいつも家を出る時間は過ぎている。 「翼、朝だよ。起きて!」  遠慮がちに体を揺すって優しく声を掛ける。 「んっ……、後5分……」  幼さの残る甘え声にハートを貫かれ、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。 「天使じゃん!」  あと5分も寝顔を見ていいってことでしょ! 朝からそんなご褒美もらっていいの? いつまででも見ていられる。 「翼、5分経ったよ。起きないと遅刻するよ」  まつ毛が震え、瞼がゆっくりと持ち上がる。キラキラと輝く大きな黒目が俺を捉えると、優しく細められた。 「お兄ちゃん、おはよ。起こしてくれてありがとう」 「翼おはよう。俺が好きで起こしてるから気にしなくてもいいよ」  寝てても天使、起きても天使! この世に翼を誕生させてくれてありがとう、両親! 親も俺もどこにでもいるような平凡な顔なのに、こんなに可愛く生まれてくれてありがとう。きっと両親の顔をシャッフルして、良いところだけを厳選して生まれたんだ。 「お兄ちゃん、スマホ光ってるけどいいの?」  翼に見惚れていて気付かなかった。ディスプレイに目を向けると、幼馴染の涼介。通話ボタンをタップした。 「もしもし? どうしたの?」 『どうしたのって、待ち合わせ時間過ぎてんだけど。透は今日学校休むのか?』 「ごめん、すぐ行く!」 『早くしろよ』  通話を切った。 「ごめんね、僕を起こしてたから涼介君待たせちゃってるんだよね」 「翼は悪くないよ」  俺が欲に負けて翼を眺めていたせい。翼の頭をわしゃわしゃと撫でる。 「いってくる」 「うん、いってらっしゃい」  ニコニコと手を振る翼も最高に可愛い!
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