愛する家族

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「…ふぅ、ヒラキの方か。良かった良かった。」    老人は彼の挙動でどちらか見抜き、落ち着くように優しく背中を一定のリズムで叩く。   「お…俺はまた死んだんですか…」    感情が昂らないように声を殺した。いつもそうだ。気がついたらゾンビのように蘇る。   「…そのようだ。ところで記憶はどこで途切れている?研究の参考までに聞いておきたくて」    D(ディン)・ローランド、彼はある意味ヒラキの主治医であると言えるだろう。相手は患者としてでは無く実験の被験者くらいにしか思っていない。だから毎回ヒラキが死という曖昧なものを体験した後、身体の具合が良かろうが悪かろうがお構いなしに記録を取りたがる。   「記憶…覚えているのはスターシールドが崩壊して…そうだ!あいつ……刺青の入った男とウィリアムが薬のやり取りをしてて…その後…」    ―崩壊した建物の瓦礫を背に男は、人の良心をチクチクと指すような頼りない顔でヒラキに『これはお前の為なんだ』と言った。    そして得体の知れぬそれを油断したヒラキの口の中に押し込んだのだ。    袋に詰められた青白い結晶が合法的な薬とは思っていないが、ガソリンのような強烈な匂いとともに口内に広がり胃に下った時それは確信に変わる。ビリビリと痺れた舌と食道は次第に焼けたように熱く燃えた。   「あいつ、俺にそれを無理やり飲ませたんですよ…。力じゃ勝てないし、恐らくそれから…」 「じゃあその薬が原因か。青白い結晶…と言うとここ最近巷で流行っている"レース"だろう。…よく君に飲ませたもんだなあ。きっと分量を間違ったんだろう」    状況を上手く処理できず、ヒラキの脳みそは大きなストレスを感じた。ごり、と唇を噛む歯は傷つけらるのならばどこだって構わない。一定の痛みは不安から逃れる為の心の麻酔のようなものだ。   「さて落ち着いて欲しい、…まだ本題を話していないから」    Dはヒラキから一歩距離を置いてから、この先伸し掛るであろう事柄を伝える事にした。   「…君はこれから拘置所に送られる。」 「拘置所!?どういう、……」 「悪いのは君じゃない、病気のせいだ。」    慰めの言葉など要らなかった。自分が一体何をしたのか、そして今後どうなるのか考えると頭の中がすっと冷え切る。 「…俺はどうなるんですか…」     老人は声を潜め、ヒラキの手を握った。   「ビューティは君を助けたがっている。どこか遠くへ…帝国の外へ逃がそうと思えば彼はそれが出来るんだ」  分厚いレンズの奥、その細くなった目は真剣そのものだった。きっとヒラキ本人にどうするか決めさせようとしているのだろう。   「俺は一体どういう容疑がかかっているんですか」 「…容疑、と言うより君は被告人…罪状は殺人だ。そして数十年で出てこれるような生半可はしていないという事だけ」
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