愛する家族

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「殺人……ですか。殺人…」    ある時戦争が終わった。その後ヒラキは人を殺めたことなどない。だが被告人であるということは罪を犯した決定的な証拠があるのだろう。   「君は決めなければならない。この国を出て新たな生活を始めるか、…身に覚えのない罪を償い続けるか。」    Dは「もちろん後者は、心神喪失で減刑される可能性もある」と付け加えた。極力ヒラキの心に負担が掛からぬように、慎重に。   「因みに前者は……あいつが…ウィリアムが関わってるんですか」 「…そうだな、本来は君がこの世とあの世をさ迷っている間に連れ出すつもりだったようだが、"彼"の邪魔が入ったらしくてね。だが今ならまだ間に合う」 「彼?」    ウィルソンの影のようにピッタリと横を陣取り張り付いた無表情な男が鮮烈に思い出される。   「…ノエル・アーサー……」    ヒラキは彼に苦手意識があった。どこか見下されているような、邪魔者だと思われているような…今までそのような扱いばかり受けていたせいでそう思うようになったのか。    もちろん彼は後に自分の態度をヒラキに詫びてくれたが、卑屈にも悪い考えを拭えないでいた。   「全くあの目、…恐ろしい男だ。ビューティに執着する人間は多くいるが…適合が…いや、これは止めておかなければ」    何かを口にするか否かで迷うDの真意などヒラキには分からない。    しかし、今までの自分を(かえり)みる事は先の見えない永遠に小さくとも確実な亀裂を入れるはずだ。   (どうしよう、…俺は……)    ウィルソンは限りなく家族に近い存在だった。苦しい時は支え合い、思い出を共有して…時には彼の非道な行動を見て見ぬフリをした。それが愛していると思っていた女性に及んでも変わらず独りでいるよりはずっとマシだった。    自堕落な部屋で戦火の影に怯えながら見えた夕日も、机に溜まった請求書の山も彼が隣にいたからこそただの日常だと思えた。   (逃げ癖がついちゃってるな…こんな時思い浮かぶ顔があいつしかいないなんて)    言い訳ばかりして結局依存していたのはお互い様である。   「少し一人にするから、どちらにするか良く考えるんだ」 「俺はきっと意識がない時に人を…殺めたんですよね。今までも…」   Dは思い悩む男にほんの少しばかりの時間を与えようとしたが、彼の心は決まっていた。     「―…なら俺はそれを償います」    老人はさほど驚くことも無く静かに頷く。ヒラキの選択を知っていたかのようだった。傾いた眼鏡を親指で直し、「では彼からの提案は無かったことにしよう」と背を向ける。    手の震えが止まらぬほど怖かった。だがその時だけは勇気が湧いて出たのだ。      
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