愛する家族

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 地面の水溜まりに反射した青白い光をできる限り避けて進む。足取りは重く、何度か引き返そうかとも思った。    人口星が恋しくなるほど、ここにはありのままの(よど)んだ雲が流れている。そこから忌々しい雨粒がパラパラと降り注いだ。      湿気で肌に張り付くシャツに不快感を覚え一瞬立ち止まる。その隙が逃げ帰ろうと思わせるのだ。   「…兄貴!」    しかし義弟は男の行動を読んでいるかのように躊躇う事無く水溜まりを踏み付け駆け寄った。    彼は深めのフードを被ってはいるが酷く濡れている。態々待ち合わせ場所(自宅)から出て待っていたのだろう。   「…中で待っていればいいものを」 「帰ろうとしてたじゃん。…ほら、早く行こう」    ハックション!と彼はくしゃみをしてノエルの隣に並ぶ。軍隊の行進のように同じ歩幅、呼吸のタイミングまで自分を鏡で映しているかのようだ。   「急に呼び出してごめん。どうしても確認しないといけない事があって」    イアン・アーサーが一人で暮らすのは帝都に建っているにしては素朴なマンションだ。大学にも通いやすく生活に必要なものは近場で何でも手に入るが、探せばもっと良い所など幾らでもあったはずである。   「雨が酷く前に帰るからな」 「…分かってるよ」    無人のエントランスはゴミ一つ落ちていない。ノエル達の雨に濡れた足跡が床にこびり付いたとしても、すぐさま掃除ロボットが清潔を保つ。    無言のまま彼らはエレベーターに乗り、部屋の前に到着した。   「どうぞ」とイアンは扉を開けて中へ誘う。薄暗い部屋の明かりが点灯し、整理整頓された質素な空間が広がっていた。   「適当に座ってよ。何か飲む?」 「いやいい。本題をさっさと話せ」    ノエルはその場に留まったまま眉間に皺を寄せる。イアンに手渡されたタオルはおろしたてだが、微かに漂うアンバーウッドの香水の匂いが染み付いていた。   「今日、ティアナの所にある人物が来たんだ」    久々に聞いた義妹の名前にノエルは耳を塞ぎたくなる。自然とあの家を思い出すからだ。   「……うーん、どう話せばいいのかな」    イアンは濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら言葉に詰まる。何かを隠そうとしているが、それを隠すと話が進まないと言わんばかりに頭を悩ませているのだ。   「兄貴、…サニー・ブラウンだっけ、元婚約者の…あの人は今どこにいる?」  手探りのように彼は恐る恐る問いかける。何故そんなことを聞くのかと藍色の瞳がギッと尖るとイアンは少し怯んだように後退った。   「…オレは関係ないって言いたいんだろうけど、結構巻き込まれてたりするんだ」 「ハッキリものを言え。」    あまり長時間家を空けたくない。こうしている間にもウィルソンはヒラキ・ライトの為に行動を開始しているかもしれないからだ。  見張りが居ようともどういう訳か彼はそれらの目を掻い潜って暗躍する。    …今回もどうやらそうだったようだ。   「…ウィルソンさんだよ、オレ、実はあの人がサニー・ブラウンを手にかけようとしていた事を知ってたんだ」  靴の先がジリジリとイアンの方へ向いたかと思えば、ノエルは一気に間合いを詰める。伸ばした長い指はまだ濡れている襟首を掴み敵意を剥き出しにした。   
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