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しきりに窓を叩く雨が作業の手を捗らせる頃、ノエルはデータベースに届いたメッセージを整理している。その中で男は嫌味ったらしい長文に目を細めた。送信元は『非表示』である。だが内容を見ればそれが誰なのか見当がついた。
『拝啓 中途半端な紛い物のアーサー殿。
先日は良くもまあ勝手に飲みの席を外したものだ。"彼"はそこそこ良い酒を飲んだきり代金一つ払わなかった。
しかし誰にも報告しなかった事だけは褒めてやろう。だから代金はチャラにしてやる。
ところでアーサー殿、今後の事について話そうじゃないか。勝手ながらこちらで日時を指定させてもらう。逃げるなよ。決まり次第また連絡を寄越すから楽しみに待っていろ』
厄介な事は次々ノエルに押し掛かるが、他人の部屋のソファーに座りくつろいでいるからそこまで慌てていない。
(…ケイシー・ケンドル…面倒な人間が不死身を嗅ぎつけたな)
捜査部隊長である彼が不死身の男に興味関心を持つことは当たり前だ。
突然その存在を知らされ探すよう命令されたかと思えば、やはり無かったことにして通常勤務に戻れなどと言われても普通ならば気になる。
それだけでなく彼は自分の部下を不死身の男のせいで殺されたと思っているのだから尚更だ。
(…彼は短気だが冷静な一面もあるから、ヒラキ・ライトの事についても嘘を言っているようには思えない。二十九年前の平和の祭典で死亡したとされるシタデ・ヒラキ…か。調べる価値はあるな)
データベースを閉じ、小さなため息。
退屈な部屋のソファーは座り心地が良いが、纏わりつく義弟の匂いが突然心をざわつかせた。気になり始めたのは仕事モードが解除されたからだろう、本人が不在だとしても部屋に染み付いている。
何故イアンが部屋を開けているかというと、ノエルが『じっくりと話がしたいならまず外の監視をどうにかしろ』と雨の中放り出したからだ。
(『ティアナの説得をして欲しい』なんてよく言えたものだ)
結んだ口は不満など漏らさないが、その内心は考え事で支配されていた。ウィルソンが関わった事ではあるが、どうも“彼ら”には会いたくない。
義母のスカートの後ろで隠れてじっと見上げる丸い目。
末っ子として甘やかされた彼女はノエルを死神か何かと思って毛嫌っていた。関わりたくない、それは父親の影響を強く受けた幼い少女のせいではないと分かっていてもだ。
喉に張り付く粘膜を剥がすためノエルは立ち上がって飲み物を探した。
人様の家を好き勝手に使うつもりはないがおかしな空咳まで出てくる始末である。水なら問題ないだろうと明かりもつけずキッチンへ向かい、綺麗なガラス細工の施されたコップを満たしてその喉に流し込んだ。
「…」
ふと目についた扉に、ノエルは乾きが潤ったという満足感から何も考えず突き進む。
そこは、暗く何だか狭い空間だ。手探りで壁のスイッチを探すが壁中何かの紙が貼り付けられているようで、カサカサとした感触が広がっている。目が慣れてくると些細な物の輪郭が見えてきて、テーブルの上にあるランプらしき影が現れた。そこからぶら下がるボールチェーンに手を伸ばし下に引っ張ると柔らかい暖色の光がありとあらゆる物を照らし出した。
「…こいつは…ひどい部屋だな」
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