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ノエルは壁にびっしりと敷き詰められた何かの設計図と切り抜かれた古い新聞記事に圧倒された。
作業台には途中なのか沢山の金属やケーブルが散乱している。適当な空き缶を切り抜いた入れ物にぎゅうぎゅうに詰め込まれたペンやら定規は一つ引き抜こうとすれば全部ぶちまけられそうだ。
低めの天井につくほど積み重なった本やらファイルで小窓を完全に塞いでいるせいで外からの灯りを遮断しているのだろう。
他の部屋は無駄を省いた整理された空間だっただけに意外な気持ちである。ここは彼の本当の姿のようだ。
「こんな古い記事、どこから持ってきたんだ」
ノエルは壁でヒラヒラとはためく中の一つに目を通した。
(…十八年三月七日…王国民が暴動によって多数負傷…良く見たら知らない新聞社だな…『カイエ新聞社』か。)
他の新聞を見てもどうやらカイエ新聞社の記事のようでその全てが王国に関わる事だ。何故イアンがそのようなものを収集していたのかは、所々に引いてある赤線で察しがつく。
『王国民への差別を無くす為に今出来ることは』
『ハト派の集い、襲撃される』
『王国籍であってもデータベース導入をすべきであり、そうしないのは差別に他ならない』
公平なものから偏りのあるものまで様々な切り抜き。触れただけでもろもろと崩れそうな程劣化したものすら器用に修繕して貼り付けてある。
散らかった作業台の端、随分昔に撮った写真が額縁に飾られていた。
笑顔の彼らを尻目にロボットのように立ちつくす男。現像されたものを初めて目にしたが、やはりノエルは浮いている。
一つ言えるのは、イアンはずっとノエルを気にかけていたということだろう。写真の中でもまだあどけなさ残る彼はノエルの肩に手を伸ばそうとしている。
「…こんなものいつまでも…」
家族では無いのに彼はそう思っていない。それを否定しようがイアンは自分の意思を絶対に曲げない筈だ。きっと最後までノエルを家族だと頑固にも言い続ける。
(誰も望んでいないのに…)
表しようのない感情にノエルが苦しんでいるとコンコンと壁を叩かれた。
そこには片眉を上げて呆れた様子の義弟がいる。
「あー…、立ち入り禁止にしておけば良かったかな?…外の人には説明してきたよ。でも引き下がってくれなかったから十九時には話を終わらせると言ってある」
イアンは「出て」とノエルを追い出したが秘密基地を見られたことについては怒っていないようだ。
その狭い空間では男二人で話をするには窮屈すぎる。しかし勝手に心のうちを覗いたからかノエルは一瞬視線を外した。
「…あの部屋は色々と作業に使っていたら散らかったんだ。」と察して苦笑いを浮かべる様は写真に映る幼い彼と同じ表情である。昔は満面の笑顔で太陽のように感じていた笑顔だったが見方を変えると当時から彼は家族の不和を和らげようとしていたのか。
「それであまり時間がないんだけど…」
「じゃあ早く話を纏めよう」
それは男の気まぐれな良心がたまたまイアンの方へ向いたからに過ぎないが、今少しだけ彼の話に耳を傾ける。
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