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エレモアシティー上部、スターシールドが崩壊した後の瓦礫がまだそこらに転がっている。かつては上部は人を選んでいたが、今では上部の人間が下って生活しなければならない現状が続いていた。
電力も限られており、監視プログラムの秩序が保たれなくなったせいで治安が悪化し市民の怒りは市長や帝国に向いている。勿論それを危惧して彼らは街よりもスターシールドの方を優先して再建しているのだ。
凄まじい音を立てて瓦礫を回収する重機の影に紛れ、彼はこそこそとドアノブを回す。
左右を見渡して何事も無かったかのように瓦礫の隙間に隠れた建物に戻った。
間抜けな秘書がスペアキーを落としたおかげでそこは容易に立ち入る事が出来る。
「はぁ、危うく限定版を逃すとこだった」
最近集めている手のひらに乗るくらいの人形は以前の自分では買えなかった様なものばかりだった。
「ふぅ、あとはこれを隠して…」
ベッドの下に屈み戦利品を見つからぬよう忍ばせる。そしていかにもずっとこの部屋にいましたと言わんばかりに任された仕事をするのだ。
「おい、俺が外に出てること言うなよ」
「………」
ベッドに横たわり、目をカッと開いたままの彼女に告げ口など出来ないことは分かっている。しかし小心者にとって約束を破ることはとてつもない勇気だ。
「げ、もうすぐか」
差し迫る時刻に彼女のボサボサの髪を梳かし、口の端にこびり付いたヨダレを拭く。そして一冊、本を読み聞かせたフリをするため適当な物をベッドの上に広げる。
それがここ最近の赤毛のルーティンだ。
かつて王国打倒委員会の会員として活動していたが、今はとある建物で彼女と過ごしている。可愛いぬいぐるみ達は子離れ出来ていない父親の愛情たっぷりの贈り物だが今の彼女には分からないだろう。
…週に二回、彼女の父親であるジョージ・バーンが会いにくる。エレモアシティー復興やら市長選に向けて忙しいはずだが合間を見つけて愛娘の様子を逐一気にしているのだ。
彼は娘の面倒を見ている赤毛に対しても沢山の手土産を持ってきた。
赤毛はそれをこっそり換金し、自分の好きなものを買い漁って復讐している気になっている。
「お前の父親が俺に色々貢いでくれるから世話してやってるんだぞ!」
「…………」
「散々馬鹿にしてきた癖にクソ女!」
彼女はどんなに暴言を吐いてもぼうっと虚空を眺めている。カリカリに痩せた腕に刺さった太い針で必要最低限の栄養を補給し、排泄し寝るだけの人形に成り果てたのだ。今ではあの鼻にかかった声が懐かしくも感じる。
サロメ・バーン、彼女の意識は一体どこへ行ったのだろう。
「…馬鹿らし、なんで俺こんなことしてんだろう」
何かの力に追いやられるように自分の意思関係なく彼女の世話をする事になり、惰性で逃げることもしない赤毛は何だかんだと言いながらここでの生活にも慣れてきていた。
(…あ!)
ガチャガチャと物音が聞こえたら、顔色の悪いジョージ・バーンが両手に綺麗な白い花束を抱えてやって来る。
「サロメ、帰ったよ」
彼は物言わぬ娘を抱きしめ、幸せそうに微笑んだ。心労が祟ってかジョージもまた痩せ衰え急激に老けて見える。
「いつもありがとう」と空間に馴染めない赤毛に酷い顔色で言うものだから彼女に対して暴言を吐く時、たまに胸がつっかえるのだ。
「俺はいつここを出られるんですか」
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