愛する家族

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 赤毛はほぼ毎日外出していたがあくまで一歩も出歩いていないのだと言わんばかりに問いただす。   「…大変に申し訳ないが…それはまだ待ってほしい」    娘をベッドに寝かせ、花束を側に置いた彼は俯いて事情を話そうとしない。      赤毛はエレモアシティー総合病院からサロメを連れ出すよう指示された時、何か言い寄れぬ恐怖を感じ病室の外に飛び出した。彼女の体に繋がったチューブやらケーブルなど訳もわからず引っこ抜いたのはそれらに急かされ焦って自分にとって正常な判断ができていなかったからだろう。   「はぐらかさないで話してください!…俺は何に巻き込まれてるんですか?」 「…」 「納得出来ないまま大人しく自分の娘の世話をしろって言うんですか!」    赤毛の言葉に彼は小さく頷いて天井を見上げたままの娘に目をやった。   「君が不死身の男の代わりとして我々の所へ来た時、ある人物との交渉が決裂してね。そのせいもあって娘の命が危険に晒されることになったんだ」 「聖女様が帝都通行証の代わりに悪…不死身の男を引き渡すって言う話しですか?」 「それも関係あるが……市長という立場の私が何故リスクを負ってまで王打会と接触し不死身の男を欲しがったと思う?」    ジョージは赤毛の質問に答えず、ただ自分の選択を悔いるように拳を握った。彼はもう誤魔化すつもりは無いらしい。   「保守党衆議院のシュバルツ・トマス、彼と取引きしていてね。不死身の男の噂がエレモアシティーで出た時、真っ先に嗅ぎつけて来たんだ。」   『―不死身の男をこちらに引き渡したなら、王国打倒委員会を解散させることが我々には出来る』    つまりジョージ・バーンはサロメを王国打倒委員会から脱会させる為に聖女を利用したが、やって来たのは不死身でもなんでもない赤毛だったという事だ。それはシュバルツ・トマスとの約束を無かったことにするには十分な理由だろう。   「そのせいで彼女はその議員に狙われてると…だからってなんで俺まで…」 「それに関しては本当に申し訳ない。私の秘書は既に皆マークされていてね。サロメが発見された時、すぐに連中の不穏な動きを感知したものだから病室から連れ出すには君の力を借りるしか無かった。」    声色の様子から彼が嘘を言っているようには聞こえない。 「だがここは安全だ。私が上部に頻繁に立ち入っていても、復興の為と言い訳が出来る。」 「………」 「君にも我慢させるが、新しい場所に移るまで待って欲しい」    彼は、赤毛がこの建物から一歩も出ていないものだと思っている。    ここには十分に食料や水もあって、必要なものは全て揃っていたのだから。      初めのうちは彼の秘書やらなんやら出入りしていたが、今では点滴の交換をする為に感じの悪い看護師らしき女がジョージと来るだけである。  つまり極力ジョージは外部との接触を避けさせたいという狙いがあるのだろう。   (なんだか不安になってきたぞ…。)       「…分かってくれたかな?そうだお土産があるんだ。気に入ってくれるといいんだが…」    ガサガサとズボンのポケットをまさぐるジョージの後、赤毛はぬっと起き上がる彼女が視界に入った。   「――アーーーーーー!!!」    ぽっかりと空いた口から弦と弓が擦れるような声でサロメは叫んだ。   「ど、どうしたんだ!」 「アーーーーーーッ!!」    一点を見つめる目は、たった一つの出入り口を凝視していた。    だらりと光る涎の筋がシーツに垂れる時、赤毛は自分の浅はかな行動を恨むことになる。  
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