12人が本棚に入れています
本棚に追加 早足で男の滞在するホテルに駆け込むと、廊下でイアンとすれ違う。
「イアン!」
「あ、兄貴。ちょうど良かった。はい、鍵」
「……お前何もしてないだろうな」
ついぎっと睨みつけると彼は呆れたように肩を竦めた。
「……ッハ、そんな訳ないじゃん。じゃあね」とどこか冷めた口調で立ち去る。
ノエルは少し様子のおかしい義弟など目もくれず扉を開けた。
テーブルを占領したジュースと開け散らかしたお菓子のゴミ。そしてベッドに座る不死身の男。
「…アーサー!来たのか」
やけに熱っぽい表情でノエルを捉えると、やましい事を隠すように視線を床に落とす。
ノエルが彼の隣に座るとイアンのつける香水の匂いがベッドから香った。
少しはだけた襟元、潤んだ瞳に赤く腫れた唇。
「……お前ここであいつと何した」
ノエルは声を荒らげないように抑圧した。そう出来るくらいには冷静だったのだ。
「別に何もしてない」
「お前の身体からあいつの香水の匂いがする」
「……ただお菓子を食べて少し話してただけだ。お前は?リクは大丈夫だったのか?」
「……ああ。」
やましい事がある時、嘘を覆い隠すために口数が多くなる者と、余計な事を言わないために口数がいつもより減る者がいる。
「……リクの婆様の調子が悪かったとニイミから聞いたよ。食べるか?」
ウィルソンは食べかけのチョコレートの袋を差し出した。
その手首を掴むと、柔くもなく細くもない固く骨ばった感触が指先に伝わる。
「……ッ」
ピクリと跳ねた体、恥じらいなどなくその欲に覆われた瞳をノエルに向け、不敵に笑ってみせた。
「ヤリたいのか?」
挑発的にノエルの頬に触れた手のひらは汗が滲んで熱い。だがノエルの肉体は冷えきったままで、少しの反応も示さない。
彼女の肉の感触がまだ体にこびり付いているせいだろう。
「……男は色々準備があるだろう。しなくていいのか」
時間を稼ぐようなノエルの問いに、彼は喉を引き攣らせて笑う。
「ああ、そうだな。男同士はヤるのに色々とな。別にそんな事しなくても出来るんだがね。」
ノエルの肩に回された腕はずっしりと重みがある。本来の男のほのかに甘い香りが今日は何故かしない。
そこにあるのはイアンの香水に包まれた美しい魔物だけだ。
ノエルの結びたてのネクタイを引っ張り、そのワイシャツからチラリと覗くハンナの赤い印に白い歯をにっと見せる。
「乗り気じゃないんだろ?」
低く気だるげな声がノエルの耳元で甘く囁いた。
「……そんな事は」
「ふふ、お前は誤魔化せないねぇ。それとも誤魔化す必要ももう無くなったのか」
ウィルソンは立ち上がって、沢山の種類のジュースの中から一つ選び取る。
「ああ、これにしよう。」

最初のコメントを投稿しよう!