来訪客と出会い

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来訪客と出会い

いつもと何一つ変わらない朝だったのだ。 いつものように起き、外に出て、大きく伸びをする。 昨日の手紙を思い出すと気持ちが乱れたが、すぐにシャキッと気持ちを整えた。 今日は昼に依頼が入っているのだ。忌々しい手紙のことなんて考えている暇はない。 朝飯を食うため、家に入ろうかと玄関に足を踏み入れた、その瞬間だった。 後ろから誰かに押され、前に倒れてしまった。 「!?」 理解が追い付かない。誰が私を押した?なんのために? ばっと後ろを向く。 そこにいたのは。 「やあ、美佐子」 体か大きい、高級そうな衣服を身に付けている男だった。 「貴様、このアーサー王様の手紙を無視するとは、どういうことだ?」 その一言でわかってしまった。こいつは...昨日の手紙を書いた、隣国のアーサー王なのだ。 じっと見つめ、身構える。 「怯えるな。今から私の国、アルメガにきてもらう」 「...は?」 「なにをしている、早く立て」 いつの間にか、アーサー王の後には護衛がいた。 ...まずい。アーサー王は私を無理矢理にでもアルメガに連れていく気なのだ。 私は立つ。 「ああ、それでいい。素直なのは嫌いじゃな...」 アーサー王がなにか話していたが、構わずに顔面を殴り付ける。 アーサー王と護衛がたじろいだ隙に、私は天井にいらっしゃる霊様に向かって土下座をし、話しかける。 「ああお願いです、どうか少しの間だけでも、この者達の行く手を阻んではくれないでしょうか」 私がそう言うと、辺りは朝の明るい空気から一転して、夜中のように暗くなった。 「わっ、なんだこれっ...」 アーサー王と私の間に、黒い壁ができる。 護衛が壁を割ろうとしているが、そのたびに苦しそうに咳をする。 「霊様!ありがとうございます!」 私は床板を外し、大きめの穴に入った。 その穴はこの家に来たときにあらかじめ掘っておいた脱出用通路である。 私は守ってくださった霊様に深くお礼を感じ、急いで穴から地下の下水道に下りた。 しかし、後ろから追っ手の足音が聞こえてくる。 霊様の能力はあまり強くなかったから、仕方のないことだ。 少し足止めしていただいただけでもありがたい。 とにかく今は逃げなければ。 どのくらい走っただろうか。 十分?十五分?なににせよ、どうやら追っ手は振り切れたようだ。 「全く...なんでこうなった...」 ため息をついて座る。ボロボロの服がさらに汚くなってしまっていた。 下水道だし仕方がない。 それより、これからどうするのかが問題になる。このまま来た道を戻っては、待ち伏せされている可能性だってある。 別ルートはあるにはあるが...あまり行きたくない。 何故ならば、そのルートは墓地に繋がっているからだ。 墓地は霊様の気配が強すぎるが故に、近づくと胸が苦しくなる。 「...もしかして、アルメガに行くしか手段はないのか?」 そんなのは嫌だ。こうなったら、無理してでも墓地から逃げ出して... 「ねぇねぇ」 とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまった。私はどうしたらいいんだ。ため息をついて顔を伏せる。 「...?ねぇねぇったら!」 ああ、それにしてもうるさい幻聴だ。 「おいっ!美佐子!」 「だぁぁぁぁぁぁもうなんですか!?」 うるさすぎて思わず顔をあげる。 「もう、やっと聞こえたよぉ」 視線の前には、女児の霊様がおられた。 「!?も、申し訳ありません、すぐに気づけず...」 私は霊様の気配に敏感で、すぐに気づけるほうだと自負していた。 だが、このお方の気配に気づけず、挙げ句に逆ギレしてしまった。なんということだ。 「本当に申し訳ない、私を煮るなり焼くなりしてくださいませ」 「そんなことしないよ~。っていうか、もしかして私のこと覚えてない?」 「へっ」 私はこの霊様と面識があったのだろうか。霊様はじっとこちらを見る。 「まぁそっか、あのときは姿は見せてなかったもんね~」 霊様は顔を私にずいっと近づけた。 「ほら、3日くらい前に貴女に塩をかけられた~...」 「...ああっ」 その一言で思い出す。一昨日、女児の霊様を祓った。気配が薄く感じ取れなかったが、確かにあのときの霊様の気配にそっくりだ。 「その節は大変失礼いたしました!」 「あっはは、別に気にしてないよ~」 霊様はケラケラと笑い、自分の胸に手を当てた。 「私は舞花。私ね、貴女に塩をかけられてから、気配が弱まっちゃったの」 「っ!」 「でもね、恨んでなんかないんだよ?幻の薬草なんて言われたら、誰だって欲しくなっちゃうし。私だってほしかったよ~。まっ、私もう死んじゃってるから、薬草なんて効かないんだけどね...あはは」 舞花様は恥ずかしそうに頬をかく。 「貴女が私に謝罪してから塩を撒いてくれたの、嬉しかったよ?だって生まれてから死ぬまで独りぼっちだった私に、謝罪を向けてくれたんだもん」 「そんな...」 私は自然と涙が溢れた。 私は舞花様に無礼を働いたというのに、感謝されているなんて。 次から次へと涙がこぼれる。そんな情けない私の姿に気づいたのか、舞花様はにっこりと笑いかけてくださった。 「泣かないで。大丈夫だよ」 その姿にまた涙がこぼれる。私は涙をぬぐい、舞花様に改めて向き合う。 「舞花様、なにか私にできることはないでしょうか。貴女の為に、なにかしたいのです」 「...うーん、私の為に?」 「はい、そうです」 舞花様は少し考えたあと、 「あー、直接的に私の為ってわけじゃあないんだけどさ」 と思い出したように言った。 「実はね、一週間くらい前から、この世とあの世の丁度間に、か弱い人間の魂があるんだ」 「え...?」 「あの世に行くのを躊躇ってるっぽいの。多分ね、その魂の元々いた体は、悪い霊に蝕まれちゃってるんじゃないかなって。体は辛いから魂は逃げ出したものの、まだ死んではないし死にたくないからあの世には行かないみたいな」 舞花様はその魂を哀れむように目を細めた。 「このままじゃ、あの魂の体は悪い霊のせいで心臓が止まっちゃう。そしたら、本当に死んだことになっちゃう。死にたくなかったのに、死ぬことになっちゃう。可哀想だよ」 「はぁ...」 私は人間の死に興味はないので、少し拍子抜けしてしまった。 「だからね」 舞花様は真剣な眼差しで私を見る。 「その子を殺そうとしている、悪い霊を成仏させてほしいの」 「...へ?」 思ってもみなかったお願いに、思わず間抜けな声が出てしまう。 「貴女ならわかるでしょう、悪い霊はこの世に大きな未練があって誰かにとりつくって」 「え、ええ、確かにそうですが...」 「だからね、その未練をなんとかして断ち切って、成仏させてほしいの」 「...」 私は黙ってしまった。だって、そんなことをして、私になんの得がある?自分に得がないことは、極力避けたい。 必死になって考えていると、突然舞花様が目を閉じた。 「...誰か来たね」 舞花様は鋭い声でそう言った。 「えっ」 まさか...アーサー王!?そうだ、舞花様と会ったことですっかり忘れていたが、私は今追われている最中だったのだ。 「美佐子、その追ってきた人達嫌い?」 「嫌いと言うか...ええ、まぁ嫌いですね」 「じゃあ、早く逃げよう。明確に殺意を感じる」 殺意...まぁ王を殴ったから当然か。 「逃げたいのは山々なんですが、生憎のところいい逃げ場がないもので...」 「そうなの?」 「はい」 追っ手の方に突っ込んで逃げるのは現実的じゃない。かといって、墓地に行くのも嫌だ。あまり考えずにいたが、この状況はかなりまずい。 「そっかぁ。じゃあ仕方ないね」 急に霊様の気配が強くなった。もしかして、怒らせてしまったのだろうか。 「美佐子、大丈夫だよ」 「え?」 「私が、守ってあげるからね」 そう言うと霊様は、一回の瞬きの間に消えてしまった。 一体どういうことなのだろうか。 とにかく今は、舞花様を信じて待つしかない。 舞花様が無事であるように願っていると、少し遠くから叫び声が聞こえた。 ...今の叫び声は、アーサー王のものではなかったか?一体なにがあったのだろう。 舞花様になにかあったらどうしよう。私のせいだ。変な汗が頬をつたる。 思わず下を向き唇を噛む。 「...美佐子?大丈夫?」 その声を聞き、パッと顔をあげる。 舞花様が、心配そうな顔でこちらを見つめていた。 「舞花様...!」 「具合悪いの?」 「いえ、違うんです。舞花様が心配で...」 「えっ、ごめんね!?心配かけちゃったんだね...」 舞花様が申し訳なさそうに眉を下げる。 「私は大丈夫だよ?だって、ほらっ!」 舞花様は楽しそうに後ろで組んでいた手を私に見せる。 「こ、れは...?」 「ふっふー、美佐子を追いかけてた悪いやつの目玉だよっ!」 舞花様の手には、目玉が四個乗っていた。 その中の一つのブルーの目玉には、見覚えがあった。 「アーサー王の、目玉...」 「ああ、あの豪華な服着た人って王だったんだ!通りで偉そうだと思ったよ」 舞花様は誉めてほしそうにこちらを見る。 私はその姿を見て...心からこう思った。 なんて可愛くて健気な子だろう、と。 私のために目玉を取ってきてくれるなんて、心優しすぎる。 それに、アーサー王が目玉を取られ、痛い痛いと悶えている姿を想像すると、おかしくて吹き出してしまいそうだ。 「ありがとうございます、舞花様。私のために」 舞花様からアーサー王の目玉を受けとる。 「えっへっへー。あ、でもごめんね。私程度の怨念じゃ殺せなくって...せめて目玉だけでもって思ったんだけど....」 「ええ、充分ですよ。本当にありがとうございます」 私がにっこりと笑いかけると、舞花様も笑ってくれた。 「おい...お前...」 苦しそうな声が後ろから聞こえた。振り返ると、そこには目玉が片方しかないアーサー王がいた。 「よくも私の目玉を...!」 そうか、と思った。 霊感がない人には、舞花様は見えないし声も聞こえない。つまり、アーサー王には舞花様が見えていないのだ。私がアーサー王の目玉を持っているのだから、目玉を取ったのはアーサー王にとって私でしかないのだ。 「うわ...きたぁ...」 舞花様は顔をしかめる。 「お前は私を侮辱した...許さん...!」 アーサー王の後ろから、これまた目玉が一つしかない四人の護衛がいた。 思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか耐える。 ギリ、と舞花様が歯を食いしばった。 「...ま、舞花様...?」 「おいお前、なにを一人でぶつぶつ言っている。もういい、命乞いくらいは聞いてやろうと思ったが...お前ら、殺せ!」 そのアーサー王の言葉で、護衛がいっきに飛びかかってくる。 「っ」 終わりだ。せめて最後に、舞花様の願いを叶えたかった... 目をぎゅっと瞑る。 ...しかし、いつまでたっても痛い感覚はない。 そっと目を開けると、信じられない光景が広がった。 さっきまでピンピンしていた護衛達が、全員血まみれで倒れていた。 アーサー王も、呆然として立っている。 「美佐子を痛い目に合わそうとするやつは...」 舞花様が、これまで聞いたことない低い声で言葉を放つ。 「皆殺し、だよ~...?」 舞花様はアーサー王にも殺す勢いで飛びかかろうとする。 アーサー王は、なにがなんやらという感じで立ち尽くしていた。当然だ。舞花様は見えないのだから、いきなり護衛達が死んだとしか思えないのだろう。 「美佐子に酷いことした罪...死で償ってね」 舞花様はアーサー王の首を切った。 早すぎて見えなかった。 「...私は...」 首を切られても尚アーサー王は喋る。 「私は本物のアーサー王じゃない...」 衝撃だった。 本物じゃない?一体どういうことなのだろうか。 「俺は影武者だ...本物は...アルメガに...王女様を...たす...」 そこまで言うと、アーサー王...いや、影武者は息絶えた。 「アルメガって?」 「アーサー王がいる隣国です。王様だし、隣国の霊を祓えるだけの女のために遠出したくなかったんでしょうね」 私がそう言いため息をつくと、舞花様は不思議そうに首を傾げた。 「それにしてもさ、最後に影武者が言ってたのってなんなんだろう?」 確かに気になっていた。「王女様...たす...」と言っていたはずだ。 「ふむ...推測できるのは、[王女様を助けたい]でしょうか?」 「助けたいって、王女様になにがあったんだろ?」 「よくわかりませんね...」 私には関係ない...関係はないが、興味は少しある。 王女になにがあったのか。それを知ったとき、私はどうすればいいのか。 自問が頭の中に渦巻く。考える。 「んじゃあさ、まずはこの影武者の持ち物を調べてみない?なんかわかるかもよ!」 「...ええ、そうしましょうか」 まず、影武者のポケットを調べることにした。 「...ん?」 ポケットの中に、なにか入っていた。 それは、エメラルド色のネックレスだった。恐らく、アルメガでしかとれないナイルという宝石で作られた物だろう。 「ネックレス?でも、どうしてこんなものを...」 「うーん、わかんないなぁ。とりあえず、ネックレスは保留しとこ!」 「ええ、そうですね」 そこからも色々調べてみたのだが、手がかりになるようなものはなかった。 「やはり、ネックレスが鍵なんでしょうか?」 「でも、ただのネックレスっていうパターンもあるよね。なんていうか、お守りのつもりで持ってたみたいなさ」 「ふむ、確かに...」 ネックレスは見つかったが、それが王女について知れるきっかけになるのかがわからない。 考えてみれば、この影武者がなにか知っていたかもしれない。すぐに殺すには惜しかった。 「とりあえずさ、そのネックレス付けてみたら?なくさないように」 「え、ええ、そうします」 舞花様に進められ、ネックレスをつける。 すると、エメラルド色が黒色になった。 「え、色が変わった...?」 「すごい~!そのネックレス、なんかまじないでも掛かってるのかな?」 舞花様が目をキラキラさせる。 まぁ色が変わったところで、特に問題はないか... 「美佐子、一回家帰る?」 「ええ、そうしましょうか」 私は舞花様と一度家に帰ることにした。 立ち上がり、家に向かって歩き出す。 ネックレスは、まだ黒いままだった。
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