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いざ、アルメガへ
舞花様と家に帰り、一息つく。
辺りは暗くなっていた。そんなに下水道にいただろうか?
「美佐子、大丈夫?」
「ええ...なんだか、どっと疲れが...」
「そうだろうねー。大丈夫?寝る?」
「いえ、それはいいです。...それより私は、アルメガに行ってみようと思います」
「へっ?」
舞花様はきょとんとした顔になる。
そりゃそうだ。人間嫌いな私が、わざわざ自分からアルメガに行くなんて、頭が狂ったとしか思えないだろう。
しかし、私はアルメガに行き、色々聞きたいことがあるのだ。
ネックレスのことや王女のこと、そして手紙に書いてあった不可解な事件...
というか、私がこのままアルメガに行かなかったとしても、近い内すぐにアーサー王の刺客がくるだろう。二回も追いかけっこをするのはごめんだ。
だったら、自分から行った方が楽と言うものだ。
そう話すと、舞花様は納得したような表情になった。
「確かに、また悪いやつらが来て逃げるなんてめんどくさいね」
「ええ。なので、今日の内にアルメガに向けてここを出ようと思うんです」
「え、今日の内?」
「今から一時間後にここを出れば、明日の早朝にはアルメガにつきます。私は、事を早く終わらせたいんです」
「そっかー。うん、わかった!私も一緒に行ってもいーい?」
「ええ」
「やったー!」
アルメガに行くにあたり、いくつかの注意点がある。
まず、服装は目立たないもので行くこと。
アルメガまでは徒歩で行くのだが、その間は夜。
目立つ服で行ってしまうと、野生動物に襲われる場合がある。
もう一つ、絶対に誰にも気づかれずにアルメガに行くこと。
アルメガは大国だ。逆らったらどうなるかわからない。そんな私がアルメガに行くと知られたら、なにかやらかすのではと心配したやつらが私を殺してでも止めるだろう。さすがに死ぬのは勘弁だ。
「よし...舞花様、行きましょう」
「うん!」
私は家から決意の一歩を踏み出した。
朝日が昇り、アルメガを明るく照らす。
「ついた...」
「ここがアルメガ?」
「はい」
私と舞花様は一晩中移動し続け、ついにアルメガについた。今立っているのは、アルメガを上から見渡せる小高い丘だ。といっても、アルメガは大きな国なので私が見ているのはほんの一部だが。
「アルメガってめっちゃ綺麗なんだね~!」
舞花様はこの景色に見惚れているようだった。
確かに、景色はとても綺麗だ。朝日がアルメガをつつみこむように優しく光っている。
だが、そんなものは所詮外見だ。アルメガに一度入れば、そこには地獄が待っているに決まってる。
そう、人間のように。
「美佐子、早く行ってみようよ!」
「...ええ、そうですね。アルメガに入るには、あそこの門から入る必要があるようです」
「だねー。門以外は壁で国が覆われているみたいだもんね!」
丘を降り、門のところまで走る。
と、次の瞬間。
-ヒュンッ-
なにかが私の前を通った。感覚だけで避けたが、一体なんなんだ?
「お前ら!不法侵入者だ!絶対にあの女を逃がすな!」
どうやら知らず知らずの内にアルメガの敷地に入っていたようだ。アルメガの部隊達は弓矢を持っている。なるほど、さっき前を通ったのは矢だったのか。
そうこう考えている内に、囲まれてしまった。
私は声を張り上げる。
「待て!私は美佐子!この国の王女様を...」
「ええい構うな!矢を放てぇぇぇぇ!」
まずい、完全に敵と見なされている。舞花様は霊だから打たれる心配はないが...
「美佐子、あいつらやっちゃう?」
舞花様が力で私を守ってくれながら言う。
「殺ってしまったらさらに敵と思われ、本当に殺されてしまいますよ!」
「じゃあどうしたらいいの...私は弱いから、いつまでも美佐子を守っていられないよ...」
舞花様は苦しそうに顔を歪める。これ以上舞花様に負担をかけさせるわけにはいかない。だが、この状況は圧倒的に不利だ。
「...!?お、おいお前ら、あの女の胸元を見ろ!」
死を覚悟したが、誰かの言葉で矢の集中攻撃は止まった。
胸元...?私の胸元なんて見てなにか得があるのだろうか。
「あ、あれは...!?」
「く、黒のナイルネックレス...!?」
ネックレス?そう言えばつけっぱなしだった。
というか、もしかしてネックレスは気づかれない方が良かったんじゃないか?アルメガでしか取れない宝石のネックレスを余所者がつけているなんて、密輸を疑われるかもしれない。
そんな私の予想に反して、部隊は弓を仕舞った。
「誰か、誰かアーサー王を呼んでくるのだ!このお方を待たせるわけにはいかん!」
さっきまで女呼ばわりだったのに、いきなりこのお方とは...なにがどうなっているんだ。
「ええっと...美佐子、これどういう状況?」
舞花様も困惑していた。
さっきアーサー王を呼んでこいと言っていたやつが近づいてくる。
そして、私の前まで来ると土下座をした。
「申し訳ない。まさか貴女が、王女様を救える唯一の霊祓いだとは思わなく...」
「どういうことだ?王女を救える?唯一の霊祓い...?」
「そちらのネックレス、ナイル宝石で作られたものですよね?」
「ああ、まぁ...」
影武者からとったものなので、正直本当に合っているのか分からないが。
「ナイル宝石は基本的にエメラルド色なのですが、ある条件を満たした者には色が黒く変わるという伝説があるのです」
まったく意味がわからない。私がその条件を満たしているというのだろうか?ただの嫌われものの一般人だというのに。
「...とりあえず、頭をあげてくれないだろうか?」
「はい、わかりました」
土下座をしていた彼は立つ。その顔は思っていたより美形で、綺麗な緑の瞳をしていた。
「申し遅れました、俺は隊長のレイン・エレクです」
「はぁ...美佐子だ」
呆気に取られつつも自分を名乗る。
「急展開すぎて話についていけないのだが...どうなっているのだ?」
「つまりですね、貴女は...」
レインが言いかけた瞬間、空気がぴりっと緊張したような雰囲気に変わった。
「ねぇ美佐子、あれ...」
舞花様が指差した方を見る。そこには、綺麗な身なりの男が立っていた。
「お前が美佐子か」
「ああ。...お前はアーサー王か?」
「いかにも。我こそがアルメガを治めし、アーサー王だ。」
アーサー王...私に手紙を出した、今度こそ本人だ。
「さて美佐子、いきなりで申し訳ないのだが、我についてきてくれぬか?」
「...は?」
「なに、おかしいことはせん。我の娘...パイオに会ってほしいだけだ」
娘...つまり王女か。
「なぜ王女に会う必要がある?」
「...なにも知らずに来たのか」
アーサー王は困惑したように眉をひそめる。
「悪かったな。私はお前の影武者が死ぬ間際に言いかけたことが気になったんだよ」
「...色々と聞きたいことはあるが、とりあえずは良い。とにかく頼む、一度パイオに会ってくれ」
そっちが良くても私は良くないんだが...と思うが、今は従っておくしかない。そもそも、私は王女がどうしたのかを聞きに来たのだ。案外目的には沿っているかもしれない。
「わかった」
アーサー王が私に背を向け歩き始めた。
王女がいるのであろう、大きな屋敷に入る。
「美佐子」
「舞花様、どうされましたか?」
舞花様が不安そうに話しかけてくる。
「なんだかね...悪い気配がするよ」
「え、悪い気配?」
舞花様はこくんと頷く。
「なんていうか、アーサー王に悪意があるわけじゃなくて...このままアーサー王についていったら、ものすごい怨念に取りつかれちゃうかも」
怨念...?呪いか?いずれにせよ、このままアーサー王についていったら...
足を止める。
「?どうした美佐子」
アーサー王も不思議そうに足を止めた。
「アーサー王、王女は霊に取り付かれているのか?」
アーサー王は驚いたように目を見開く。
「なぜわかったのだ」
「一歩一歩と進む度に、重い空気になっていくんだが」
舞花様の存在は、一応伏せておくことにした。姿も見えないのだから、疑われることはないだろう。
「さすが霊祓いの美佐子だな。実はそうなのだよ」
アーサー王は苦い顔をしてこちらに向き合った。
「ここらで話しておくとしよう。あれは、ちょうど半年前のことだ...」
パイオはあの事件の日、誰かに城から連れ去られ、戻ってきた頃にはすっかりやつれていた。寝たきりになり、苦しそうに「ぱぱ、ぱぱ...いたい、いたいよ...」と掠れた声で言う。
医者に診てもらったが、体に異常は見つからない。そこで知り合いの霊感があるやつにパイオに会ってもらった。そいつは青ざめた顔で言った。
「こりゃあひどい...一体何匹の悪霊が憑いてるんだ」
そこからは各国の霊を祓えるやつらを呼んで、とにかくパイオに憑いている悪霊を祓おうと必死になった。だが、日に日にパイオは弱っていくばかり。もうなすすべもなく、途方に暮れていた...
「そんなときに、お前の噂を聞いたんだ』
「...つまり、王女に憑いている悪霊をさっさと祓えということか」
「言い方は悪いが、その通りだ」
アーサー王は苦笑した。
「王女は誰に連れ去られたんだ」
「半年経つが、いまだにわかっていないよ」
「そうか...」
「とにかく、急いでパイオを楽にしてあげたいんだ」
「わかった。早く王女のもとへ向かおう」
私がそう言うと、アーサー王ははや歩きで進み始めた。
まさか王女の身にそんなことがあったとはな...噂にも聞いていなかった。
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