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「でも、引っ越しなんて」
「手配はすでに済んでいる。沢野井さんにもその旨は連絡してある。朝食を終えたらふたりのマンションへ向かって荷物を整理しよう」
白い歯を見せて、天気の話をするかのようにさらりと告げる姿に軽い眩暈を覚える。
再会早々、意思の疎通ができていないと感じるのは私だけ?
引っ越しって、こんな唐突に申し込んで、できるものなの?
春香さんに報告済ってなんで?
いつ伝えたの?
頭の中に様々な疑問が渦巻くが、聞くだけ無駄のような気がして、大きな息を吐いた。
混乱している私の手を引き、朝食の席に座るよう促される。
熱い香ばしい香りのコーヒーや美味しい朝食も、味を堪能する余裕がなかった。
有言実行な惺さんによって引っ越しが滞りなく進んでいく。
家具も家電も彼の自宅には最新のものが揃っている。
そのため持ち込む荷物はずいぶん少なかったが、いざ引き払うとなると様々な感情や思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
寂しさや不安に声を殺して泣いた日、切なさに胸が詰まったとき、自分の無力さに嫌気がさした瞬間と悟己と過ごした幸せな日々。
そのすべてを胸の中に閉じ込め、自宅の扉の前で深く一礼した。
惺さんはなにも言わず、私の手を強く握りしめ、ともに頭を下げてくれた。
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