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①粗暴騎士団長
――――――自由になりたい。
この王城から解放されたい。それが、私の望み。
「イェディカ、君との婚約を破棄する」
目の前の婚約者ーークロード・アクアマリン公爵であり、近衛騎士団長の青年は告げた。
「そして私は、美しく心優しき聖女のローズマリーと婚約する……!」
それは聖女であり、第二王女のローズマリー。私の妹で、ピンクの髪にローズレッドの瞳を持つ美女である。
実際は心優しくなどない。
「イェディカ、君はローズマリーを虐げてきた!だからこそ、君にはふさわしい罰が下される!」
この人は、何を言っているのだろう。
虐げてきたのは……ローズマリーの方だ。
彼女はずっと、奇妙な見た目の私を虐げてきたひとりだ。
淡い小豆色の髪に、赤い瞳、両親のどちらの色でもない金色の右目を持つ私。
魔法鑑定で両親の娘、第一王女とは認められたが……しかし、王宮の奥に押し込まれ、周囲からは忌み子と虐げられたことには代わりはない。
「お兄さまがね、特別な縁談を用意してくれたの」
ローズマリーのお兄さま……この国の第一王子であり、王太子。
「君のような悪役王女は……騎士団長でありながら悪名高い、オリヴェル・シルトに嫁ぐのが相応しい……!」
悪……【役】とは何なのか分からないが……しかし。
クロードの公爵家に嫁いだとして、私の求める自由はきっとない。
ならば悪名高いとしても、何でも。
私をこの王宮から連れ出してくれるのなら。
「謹んでお受けいたします」
――――――女嫌いの騎士団長。
平民上がりで爵位は得たが、王族貴族も嫌ってる。
しかも聞くのは恐ろしい噂ばかり。
魔物の血を身体中に浴びながら、その地肉を啜ったとか。
反逆者を解体してその臓物ひとつひとつを見せながら写生させたとか。
さらには酒乱でつくづく性格が悪いと言う。
……前述のような猟奇的なことをするひとの性格がいいわけもないが。
私は見た目だけの婚礼衣装を着させられ、式場に立たされた。
顔も、頭も痣と血だらけで、頭もくるくらするが、ベールで隠してしまえば見えないと、ローズマリーは醜悪な笑みを見せながら告げた。
そしてクロードも、あの野蛮な男にはベールの下が血塗れの方がお似合いだとせせら笑われた。
――――――聖堂のステンドグラスの色とりどりの光が降り注ぐ。
その中でも一際大きく私を照らし出す、金色の光。どうしてかその光がとても落ち着く……。
暫くすればゴマすりと共にひどく上機嫌な王太子が私の前に現れる。金髪碧眼の見た目だけは美しい王子さま。そのルックスで社交界でも巷でも人気だと言うが……そんなのは表の顔。こいつは……醜悪な男だ。
「あぁ、お前のような恥さらしがついにこの王家を出る日が来るとは……今日ほどめでたい日はないではないか……!」
そう言ってニィと醜く口角を上げる王太子。
そもそも私とクロードの婚約を決めたのは、まだ元気であった頃の国王だ。
しかしその頃から王太子は何故クロードの婚約者がローズマリーではないのかと私に暴力をふるった。理由は決まっている。この王家の長女は私なのだから、まずは私が嫁がなければならないからだ。
けれど当時まだ子どもだった王太子には私に当たり散らす以外はどうすることもできなかった。
しかしこうして権力を得た今……自らの野望をかなえたのだ。
――――――そもそも国王は本当に、病気なのだろうか……?
恐ろしい考えが脳裏をよぎる。
私は国王が倒れてからと言うものの、顔すら見ていない。会うことすらかなわない。そんな権利は私には……なかったから。たとえ父娘であろうとも、だ。
何故なら私のせいで不倫を疑われた王妃がそれを、許さない。
そして周囲からの嘲笑がピタリと止むと同時に、式場の扉が乱暴に開き、誰かが入ってくる。そう、誰かだなんて決まっているだろう。それは……私の夫となる、騎士団長であった。
黒髪にダークブラウンの瞳。顔立ちは整っている方で、荒くれ者の騎士団員の長だと言うのに、その身体は驚くほどに細身である。
しかもおめでたい婚礼の場と言うのに、装いは騎士団員の装い。
――――――きっとこの婚礼を祝福していないから。いや……嫌われものの王女との婚礼を祝福するわけもない。そもそも彼は女嫌いと聞く。
「ようやっと来たか、オリヴェル・シルト伯爵。いや……騎士団長」
王太子がもっともらしくその名を呼ぶ。
「王宮の奥で蝶よ花よと育てられた我が愛しき妹だ。大切にしておくれよ?」
どの口がそれを言うのか……。
ローズマリーと共に、私を虐げてきた男が……!
王太子の嘘の羅列に騎士団長からはどんな侮蔑の言葉を投げられるのか……。
恐ろしくて、身をこわばらせた。
――――――――その時だった。
「うるせぇ、ハゲ」
……はい??
王太子を始め、ローズマリーやクロード、ゴマすりたちまで絶句して、式場がシーンとなっている。
その……今、なんと言ったのだ。この騎士団長は。実質、現在国のトップに他ならない権力を持つ、王太子に対して。
少なくとも王太子はハゲではない。ふさふさの金髪を生やした美しい王子だ。
ハゲの素質も……代々の王族を見る限りはないと思うのだけど……。
「てめぇのクソみたいな口上なんざどうでもいいんだよ。このふざけた婚約命じやがった国王を出せ。ハゲ国王を!」
国王……ハゲたのかしら……。いや、分からないのだけど。しかし……命じたのは国王、か。一応国の代表は国王だから、王命と言うのは王太子が代理で出すとはいえ、国王の名で出さないといけない。当然国王の許可はいるわけだが……ちゃんと取っているのかも疑わしい。
「へ……陛下は現在、病床に臥しているので、私が代理を務めている……。だから私が立ち会うのが筋と言うものだろう?それと……シルト伯爵、王太子である私への態度がなっていないぞ。いくら平民出身であるとはいえ……」
その王太子の言葉に、即座に彼を平民出身であると嘲る声がざわざわと沸き立つ。しかしキラキラと降り注ぐ赤を纏った騎士団長は、凄惨に笑んだ。
「あ゛……?知らねぇよ。俺ぁてめぇみたいなハゲに膝を折ったんじゃねぇ。国王ハゲに忠誠を誓ったんだよ」
それじゃどっちもハゲじゃないの……。いや、そう言う問題ではないのかもしれないけど。
ツッコみたい気持ちをぐっと呑み込み、早くこの式が終わることを願う。
しかし……ダメだ。やっぱり頭がくらくらして……。身体がよろめき、ステンドグラスの緑が重なった時。その瞬間ふわりとめくれたベールの隙間から、王太子の憤怒の眼差しが見てとれた。
そして意識が薄くなる中、王太子の虎の皮を被った叫びがこだまする。
「この男の凶行で花嫁が体調を崩した……!早く医務室へ運べ!」
本当に医務室に運んでくれるはずもない。手当てなどしてもらえるはずもないのだから。
「申し訳ないが、騎士団長。ここから先は、来ないでくれたまえ。君には立場を分からせる必要がありそうだ……。やれ」
王太子の地獄のどん底に突き落とす命と共に、近衛騎士たちが集まってくる大量の足音。
この籠の中からは、どうあっても逃れられないの……?
※※※
鎖をくくりつけられた手首に赤が滲む。
だがあまりの痛覚で、感覚もなくなってきている。
「こんの……っ、役立たずが……っ!」
「……っ」
暗い暗い地下の牢で、その凶行は繰り広げられる。
憤怒の表情の王太子が、私に鞭を振り下ろす。婚礼衣装のまま、そのベールの下が血だらけになっても、血が石床に垂れても気にしない。
「この私に恥をかかせたな!?」
式場で倒れた私に、即座に王太子が駆け寄り、式を中止させた。王女の身体を労う心優しい王太子をアピールした。しかしそれならば、その場で聖女が治癒魔法を使えばいい。それもせず、そして手当てもせずに式場に連れ出した。
さらに無事に役目を終えなかったことで、こうして仕置き部屋で仕置きを受ける。
本当に……どこまでもクソみたいな兄妹だ。
せっかく自由になれると思ったのに……。
騎士団長にもらわれたとしても、自由になれるとは限らない。でもこんな牢獄よりは……ましだ。
「それにしても……あの騎士団長め!クソガァッ!!今すぐにでも処刑してやりたいのにぃ……っ!」
そう言って王太子が再び怒りに身を任せて鞭を振るう。
バシンッ
ピシンッ
「まぁ、今頃我が精鋭たちに袋叩きに遭っているだろうがなぁ……!」
やはりあの近衛騎士たちは王太子の親衛隊。王太子は凶行に出た。あの聖堂の中で、罰と言う名の報復を。何故なら表立って彼を裁けないから。
処刑したくともできないのはら騎士団長は国民に人気の英雄だから。平民出身と言うところも好感が持てるし、彼に憧れて騎士団に入る平民もいるのだとか。
女嫌いとは言え、騎士団長は女子どもや非力なものたちを積極的に救ってきた。恐らく……色事の類いが嫌いなだけじゃなかろうか……?
それでも国民に人気の騎士団長を処刑すれば、民の不満、鬱憤、反乱は計り知れない……。
――――――だからこそ、外聞上素晴らしき国の見本の王太子を演じている彼には手を出せない。
「あぁーっ!ムカつく!ムカつく!オリヴェル・シルトおぉぉぉっ!!オリヴェル・シルトオリヴェル・シルトオリヴェル・シルト!!処刑処刑処刑いぃぃぃ――――――――っ!!!」
王太子がまた鞭を振り上げた。
――――――その時だった。
「うるっせぇんだよ……っ!!他人の名前を大声で何度も連呼しやがってぇっ!毟るぞこんのハゲえぇぇ――――――――っ!!」
「ぶほぉっ!?」
王太子が……ぶっ飛んだ……!しかも……今度は強制的に毟ってハゲに……。そんなトンデモなことを叫び、王太子をぶっ飛ばした人物を改めて見やる。てか、なんで……。何であなたがここに来てるのよ、騎士団長……!
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