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⑩帰還する聖女と騎士団長
――――――辺境伯領騎士団駐屯地。
『か――――――んぱ――――――――いっ!!』
辺境伯領にある騎士団駐屯地では、今回の討伐の成功を祝う打ち上げが催されていた。
辺境伯さまや辺境伯領の騎士、後方支援隊も交えた打ち上げ。
あの戦闘から、負傷者は全員快癒している。ナルが遠征を率いるようになってから、死傷者は減ったとは言うが、ここまで回復したのは……。
「やっぱり聖女さまさま!イェディカちゃん万歳ね!」
「よっしゃぁー!イェディカちゃんも飲みな!!」
「……いや……あの、私はジュースでいいです……っ!」
テンション高めな騎士のお姉さんたち。それを見ながら微笑むアデラさんたち後方支援隊。
みんなの和気あいあいとした様子を見て、微笑ましく思う。
――――――私でも、役に立てた。
最初はあの王宮から自由になりたかった。その願いはナルと結婚し、伯爵夫人となることで叶えられたけど……。
あの時、王都を飛び出して、ナルについてくることを選んで良かったと心から思う。
王都にいるだけじゃ……分からなかったことがたくさんある。
ナルの帰りを王都で待ってるだけじゃ、できなかったことがたくさんある。
「でもほんと、今回はイェディカさんがいてくれて良かった。じゃなきゃやられていたかもしれない」
あの朝陽に紛れていた……魔物。
「ほんとよねぇ。光属性の人間も希少なら、魔物なんてもっと希少!魔物は闇属性の方がまだ見かけるわ」
「闇も人間は希少だけどねぇ」
「あ、でも団長は闇でも光でも構わずぶん殴る!」
普通同じ属性同士だと苦戦するのだが……。それはナルらしいと言えば、らしいかも。
光属性同士なら、攻撃系があまりない。私もまだ使えないから……ナルと同じことはできないだろう。いや、そもそものポテンシャルが違うような……。まだひとりで馬にも乗れないしなぁ……。
王都に帰ったら……馬の乗り方を習いたいかも。
「闇系なら夜闇に紛れるけど、今回は夜明けに紛れたかぁ」
「そのために夜に急襲したとか?」
「今回は特殊っぽかったし、頭使ったのかも」
「そう言う魔物もいるよね。恐ろしいやつらだけど」
お姉さんたちの話も分かるかも……。
昔話ではそう言った魔物と騎士の戦いなんてのも語り継がれるのだ。
「そうよね……、そうして隠れていたのね。シルト団長が分からないほどに……息を潜めて」
そしてアデラさんの言葉に、みんな頷く。
不意をついて私たちや後方支援隊を襲うために。人間も魔物に食われないように必死に抵抗するならば、魔物も人間を襲おうと必死で向かってくるのだ。
更にはあの魔物の奥にも、多くの魔物が紛れていた。前線に出ていた騎士たちが気付いたころには……と言う最悪の状況も考えられた。
「でも……ナルがどうして……あの魔物以外は分かるんですか?」
「それねぇ。団長って魔物の声を聞き分けられるのよ。遠くにいても、ある程度は。それで戦局を予想しやすくなるのよ。夜襲や急襲もそれで乗り気ってきたのよね」
「そうそう。最初の頃なんてみんな半信半疑だったけど、本当に来たからさ」
「今じゃぁ私たちの立派な命綱」
確かに。それがなければきっと……負傷者どころじゃない。命を落とすことも考えられたのだ。
「やっぱり闇魔法のお陰かしらねぇ」
「あら、でもセシルは闇魔法使えても、できないわよ?」
そう言えば……。
「じゃぁ団長の隠れスキルね」
お姉さんたちが互いに微笑みを交わす。
ナルの隠れスキル……すごすぎる。あ……だから昨夜、気を張りつめていたのか。あれは魔物の声を聞いていたんだ。
そしてあの笛の音も同じように捕らえていた。ナルが増援を率いてきてくれなかったら……。私たちが後方に退けば後方が狙われ、前線に向かっても後方が狙われる。
誰かひとりが馬を駆ける選択肢もあったけれど、光に紛れていた魔物の影に隠れていた魔物にやられていたかもしれないのだ。
――――――だから、ナルが戦闘に参加するようになってから……。
そこに気が付いて、思わずハッとする。
まぁ今は全て倒し切ったから、騎士団や辺境伯領の皆さんとわいわいとお酒飲んでるけれど。
戦闘前夜の静けさが嘘のようである。
再びジュースを飲みながらツマミを摘まんでいれば。
「そうだ。そんでアデラはどうすんのよ。遠征から帰ったらアンタ……」
と、お姉さんのひとりが、ふと。
遠征から戻ったら何かあるのだろうか……?
「んー、まぁ……政略なら仕方がないわよ。今回の討伐で決心もついた」
え……政略って……、まさか。
「私もこれでも貴族だし、今までそう言う話が来なかっただけ……不思議よ」
「まぁアンタ勇ましいもんね。浮気なんてしたら魔法で木っ端微塵!」
「浮気する方が悪いのよ。それに大丈夫大丈夫、騎士団出向で身に付けたレイピア捌きはきっと役に立つぅっ!」
「ムカついたらぶっ刺したれぇっ!!」
恐い恐いお姉さんたち……!
「あの、何かあれば私も力になります……!」
できることなら限られているかもしれないが……。でも、いざと言うときはアルヴィンお兄さまを頼ってみせる……!
「ふふ……っ、嬉しいわ。イェディカちゃん」
アデラさんに……【ちゃん】って付けてもらえた……?それとも酔っているだけかしら。だけど最初よりもずっと……信頼を築けた気がするのだ。
辺境伯領の夜は寒々しくはあるけれど、でも、とても温かい……。
※※※
打ち上げから夜が明けて。辺境伯領から王都に戻るのには、再びナルの闇魔法を利用した。
「相変わらず、便利」
「団長魔力もバカみたいだからね」
と、セシルさん。
「うるせぇ、お前だけ置いてくぞ」
そしてナルは相変わらず口が悪い。
「いやー、俺も少しは闇魔法で移動できるけどねぇ。辺境の道中でそれはやめてー」
セシルさんはそう言いつつもへらへらとしており……ナルも本気ではないようだ。
やっぱりナルって……仲間思いよね。
それに、王都への道中は、帰還する騎士団のみなさんや出向している魔法師団員たちも一緒である。
――――――それと、何故か辺境伯さまとその側近のみなさんも一緒だった。
アデラさんなら分かるけど……何故辺境伯さま一行まで……?
しかしながら、ナルのお陰で3日で王都に帰還することができた。
因みにナルひとりや人数が少なければすぐにでも行けるそうで、遠征先から突如現れた時や、私を共に連れていった時にすぐ行き来できたのにはそう言う理由がある。
今回は大所帯で人も多いし運ぶ物資や馬もいるもので、数日にわけたのである。
そうして無事に王都に着けば、アデラさんは辺境伯と共に王都の辺境伯邸に帰っていった。
私たちは伯爵邸へと帰還したのだが、翌日……帰還の挨拶に出向くナルと共に聖女として謁見の間に赴くことになってしまった。
本来ならばナルは報告書を王城に投げるだけ……と言っていたが……前王政がどれだけ荒れていたのかが分かってしまう。
まぁあの元王太子に、ナルが普通に報告を済ませられるはずもないわけである。
派遣する国側も、先王が亡くなってからは本当に私利私欲のためだけに騎士団の派遣を命じていたらしいし。
それでも国が保っていたのは、辺境伯さまたちや、そちらに自らカチコ……じゃなかった援軍として参戦していたナルたちのお陰である。
そしてやっと、国が正常に回りだした今。
ナルはさすがにお兄さまにはしっかりと自分の脚で挨拶に赴くようだ。
――――――お兄さまの希望で……何故か私もなので。
王城に戻ることは不安がなかったわけじゃない。だけど待っているのはお兄さまで、そして隣にはいつだって王城から連れ出してくれるであろう、ナルがいるから。
私はナルと共に、王城へと足を踏み入れることができた。
私はもう、鎖に繋がれた籠の鳥じゃない。
※※※
「みなよく無事で、還ってきてくれた」
新王……アルヴィンお兄さまの言葉に、騎士団長のナル、そして私が跪く。
――――――さらにその隣には。
「この場に来てくれたと言うことは……ようやっと決心してくれたようだね、アデラ」
決心って……何を?
まさかあの時言っていた政略結婚のことだろうか?そりゃぁ貴族の結婚の許可を出すのはお兄さまだけど……何故この場でなのだろう……?
お兄さまの言葉に続いて、アデラさんが口を開く。
「……はい、陛下。頼もしい後輩もできましたので、これからは彼女に任せられます」
それって……私のこと?
「王家からの縁談、お受けいたします」
……お、王家……?王家からの縁談……ってまさか。まさかアデラさんの結婚相手って……!
「嬉しいよ、アデラ。王妃になる決断をしてくれて」
「はい。陛下」
やっぱり――――――――っ!?
※※※
「お兄さまが結婚だなんて……」
帰りの馬車の中で、まだ先ほどの出来事が信じられずにいる。
そりゃぁ国王なのだから、子孫を残すためにも必要だ。だけど……、その相手が。
「アデラさんが王妃さまに……っ」
「本人から聞いてなかったのか?」
「結婚することは聞いていたけど……でも相手までは聞いてなくて。そう言えばナルは知ってたの……?」
全く動揺してなかったもの……!
「……出向とは言え騎士団預かりだかんな」
言われてみれば……っ!
そしてお義姉さまとなったアデラさんから後に聞いた話では……サプライズだそうだ。
ほ……本当に、魔物が出た時以上のサプライズ~~~~っ!
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