②口悪騎士団長

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②口悪騎士団長

王太子をぶっ飛ばした騎士団長は私の元にまっすぐに歩いてくる。 あなた……王太子の親衛隊に袋叩きに遭ったんじゃ……?それなのに、ピンピンしている。 まさか……全員倒してきたとか……?騎士団長とは言えさすがに婚礼の場に武器は持ち込めない。 バキンッ ガキンッ ものすごい音をたてながら……鎖を素手で引きちぎったのだ。え……えぇ……っ!? さらには……。 「……っ」 腰がふわりと浮き上がったと思えば、騎士団長の腕に……脇に抱えられていた……。まるで荷物でも運ぶかのように。 な……何故……。こんなことに。 そして騎士団長がそのまま地上へと続く階段を登っていく……。 さらにその先には、またひとり違う男がいた。 「うわ……、団長……あんたいくら女嫌いで貴族王族を総ハゲ呼びしてるからって……さすがに嫁入りしてくる王女にまでそんな……っ!?」 ……このひと、王族貴族はすべからくハゲ扱いしてるのかしら……。 「うるせぇ、くだんねぇこと言ってると殴るぞ」 「うわっ、ひでぇパワハラ!なんて上司だ」 どうやら騎士団長の部下……騎士団員で当たりのようだが……。やっぱりこの騎士団長……口悪すぎる……! そしてやがて高級なカーペットや大理石が見え、周囲がざわめきたちながらも騎士団長とその部下は歩を緩めない。ちょ……あの……ここどこ!?ひと目につく場所でこんな状態の私を見せたら……! 「きゃあぁぁぁぁ――――――――っ」 見知ったキンキン声が響く。 「騎士団長……何で生きてるの!?」 そのローズマリーの言葉は、やはり。 親衛隊の近衛騎士たちに騎士団長を襲わせて……ローズマリーや王太子の親派たちは人知れずその場を後にした。 だが騎士団長は勝ったのだ。 傷ひとつ追わず、真っ直ぐと地に脚をつけ、堂々と凱旋した。 そしてその異常さに恐怖したローズマリーは素早く次の手に出る。 「き、騎士団長あなた……っ、ひどい……ひどいわ!お姉さまになんてことを……!あぁ……何てかわいそうなお姉さま……っ!」 次は私を利用して騎士団長を……。 それにあなたにお姉さまだなんて思われたことはない。ローズマリーは自分に都合のいい時だけそう呼ぶのだ。そしてあなただって私に同じことをしてるでしょう……? 「騎士団長……!さすがに見損なったぞ……!こんな……一時とは言え私の婚約者であった彼女にこんな……っ。いくらなんでも酷すぎる!あぁ何てことを……っ!」 続いてはクロードだ。その一時とは、どのくらいの時間だったのだろうか……。 「君は騎士の風上にも置けない!!」 クロードがもっともらしく叫ぶ。 だとしたら、クロードはどうなのだろう?少なくとも騎士団長は私に酷いことはしていない。むしろ助けてくれた……のよね。 私、こんな状況だけど……。 「そうですわ、ひどぉい!クロードさま、やっぱりこの醜悪な騎士は処刑すべきよ……!」 と、叫ぶのはローズマリー。 やはり兄と同じくローズマリーも騎士団長を処刑しようとしている……。 しかし王太子は分かるが……どうしてローズマリーまで騎士団長を処刑しようとしているの……?平民出身だとはいえ……ローズマリーは大のイケメン好きなのだ。愛人にして側に置いておきたいくらいは思うのではないだろうか。 しかしそうはいかなかった理由は……すぐに判明する。 「うるせぇ黙れ。気持ち(わり)ぃんだよっ!この売春婦!!」 あ……これだ、絶対。私は直感した。 「男の顔見るなり次々と色目使いやがって!てめぇなんて聖女じゃなくて性女(せいじょ)じゃねぇのか?ア゛ァン?」 それは――――……一理あると言うかありすぎる。それこそがローズマリーだもの。 「何てひどいのおぉぉっ!うわあぁぁぁぁ――――――――――んっ!!!マリーに、マリーに酷いことを言うのぉっ!何でえぇぇっ!ねぇクロードおぉぉっ!!」 多分嘘泣き……魔法石で目から滴垂らしてるであろうローズマリーの声が響く。 「あぁ……マリー、かわいそうに……」 クロードは水の魔法使いの名門の出身だ。なのにあのローズマリーの嘘泣き魔法のからくりには何も物申さないのだろうか……。まさか気付いていないってことはないんだろうけど。 「騎士団長……いや、オリヴェル・シルト伯爵!君の言動にはもう目を瞑ってはいられない!平民出身の野蛮な男に、やはりその爵位と地位は相応しくない!さらにはぼくのマリーをこんなにも傷付け、名誉を貶めた!」 全てまるっと真実なのだけど。本性があらわになっただけじゃない。それに比べたら騎士団長は……ちっともその悪い口を隠しもしないのね……。騎士団長が少しだけ、微笑ましく感じる。 「決闘だ!これは、近衛騎士団長としての威信をかけた、騎士団への決闘だ!貴様が敗れれば、その爵位と同時に団長の座も降りてもらうぞ!」 え……決闘……!?そんな……ちょ、しかも爵位と騎士団長の地位までかけるって……。 「おうおう、近衛騎士団長さまはお高くとまってることだなァ?つーか、お前ら暇なん?こんなとこで決闘とかさァ。さっきも聖堂で遊んでくれてありがとさん。しっかし、あんな大勢で俺ひとりとしっちゃかめっちゃか遊んでくれるたぁ、相当な暇人どもだ。ほんっと近衛騎士団は仕事もまともにしてねぇんだな。王太子の親衛隊だったか……?聖堂でもせっかくのダンジョン探索も弱っちぃから手応えもねぇし」 ダンジョンと言うのも、一理あるかもしれない。この騎士団長が王太子の秘密部屋(ダンジョン)に乗り込んだということは……あの仕置き部屋に誰かが入り込まないように見張っていた近衛騎士を倒してきた……と言うことになる。 「それは近衛騎士団への侮辱か!?」 「あん?侮辱じゃぁねぇよ……。軽蔑だろーがどうみても。ナァ?」 「そうですねぇ。仮にも王女がこんなことになっているのに守りもしない近衛騎士なんて、何のためにいるんだか。くっふふ」 騎士団長の部下も含みがちに嗤う。それは……真理だ。本当にこの国の近衛騎士は仕事をしない……。むしろ、王族を守るよりも、王族の許されざる犯罪を隠し、命令で暴力を振るうことを仕事としているのだから。 「この……っ、その女……いや元王女殿下はもう王族の元を離れているから、近衛騎士をつけていないだけだ……!」 普通降嫁しても御付きの近衛騎士は退団して降嫁する姫についていくものなのだが……。私に付いてきてくれる近衛騎士は……もういないのだ。代わりについたのは……暴力を振るうローズマリーを見てみぬふりをして、静観する近衛騎士だけ。 「くふふ……言ったな……?」 しかしクロードの言葉に……見えないけれど何となく……騎士団長がニヤリと笑んだのが分かった。 「何がおかしい!オリヴェル・シルト!」 騎士団長は、クロードの抗議を受けても相変わらず余裕と言った様子で苦笑を漏らす。 「いいか……?王族の元を離れてるってーんなら、もう降嫁したってことだろ?なら俺のものってことだ。俺のものを回収して何が悪い?そもそももう俺のものになったのに、てめぇらの王太子ハゲが勝手に持ってったんだろーが。俺は俺のもんを取りに来ただけだ」 完全にモノ扱い――――――。どんだけ王族貴族が嫌いなの、このひと。一応今はあなたも貴族じゃないの……っ! でも私……この王城を出られるのかしら。騎士団長が、連れ出してくれる。こんな口悪いし、性格悪そう最悪騎士団長でも……このまま死ぬとしても……それでも。 ――――――王城と言う檻の中から出られるのであれば……ましだ。 「ああ言えばこう言う!だが、私のマリーの名誉を傷付けたことには代わりないぞ!」 「そうよぉ……ひどいわぁ……っ」 ローズマリーはまだ泣き真似を続けているのか……。よくもまぁ……そこまで出るものだ。 「あん……?言葉の通りだろーが。式場にもぷんぷんと血の匂いがしたが?お前らと違って外の戦場を渡り歩いてきた現場の騎士が気付かないとでも思ったのかよ?騎士団をバカにするにもほどがあんだよ、お高くとまりやがって。血塗れで花嫁を差し出してくるなんざ……近衛騎士は鼻も利かなくなったのか?王族のおしめ代えてる暇があったら、戦場で鍛え直して来た方がいいんじゃねーの?ナァ……?温室育ちのお坊っちゃまよぉっ?アハハハハハッ!!!」 気付いて……たの……!?私の……こと。 それに王族のおしめって……実際におしめを替えている乳母には失礼だが……。成長した王族のおしめを替えるのは……今度は近衛騎士ってことなんだろうか。 つい、笑いがこぼれそうになってしまう。 「くふふ、ふ……っ」 現に部下さんも笑い堪えきれてない……! 「き……貴様……っ」 ふるふると言葉を震わすクロード。 まぁ、めたくそに言われてるものね。清々するけれど。 「それにさぁ……ソレ、聖女なんだろう?何で聖女がいんのに降嫁する姫が血だらけなんだよ。意味がわかんねぇ。今もただわんわんと泣くだけでてんで治療する様子ねぇしサァ……ほんっと……聖女じゃなくて、マジで性女サマの間違いなんじゃねぇの?ナァ……?」 ローズマリーは私を虐げて、敢えて聖女の力を使わない。傷を癒す力はあるのだ。しかしその業ゆえに、騎士団長に聖女であることすら疑われている。それに男漁り、男遊びの激しい彼女のことだ。その……性女ってのは……あながち間違いではないと思うのだけど。 「な……なんてこと……!私は聖女ですわ!」 「そうだ、マリーは国に認められた聖女だぞ!」 クロードもマリーに加勢する。 「ならさぁ、確認してみりゃぁいいだろ?ほら、お着きなすった」 え……誰が……? 大理石を歩いてくる、いや、駆けてくる数人の足跡。 「これは一体どうなっている……!」 その雄々しい声の、持ち主は一体……? そしてどこか……懐かしい。
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