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⑦本当の聖女
――――――お兄さまの即位から暫く経った。イーサン、ローズマリー、クロードや、罪を重ねたものたちは断頭台に消えていった。
そして訪れた穏やかな日々。その昼下がりのことである。
「いや、そう言われても……」
厄介な客が……シルト伯爵邸に訪れていた。
「聖女さまのお力を必要としている民がいるのですよ!」
「何故聖女として義務を果たそうとされないのですか……!」
ナルと暮らす屋敷に押し寄せてきたのは神官である。
ローズマリーの蛮行、暴力を見てみぬふりをするばかりか、側でせせら笑いながら見ていたやつら。
アルヴィンお兄さまも、それを分かっているのでしょうね。だから悪事に荷担したことが明白な神殿上層部を掃除して、私に聖女の役目を強要することを禁じた。
まぁナルが不機嫌になりそうってのもあるのだけど……ポーション作ってお兄さまや魔法師団長に差し入れるだけでも不満げなんだから……。まぁ代わりに手料理振る舞えば渋々納得するんだけど。
ナルの留守中……いや、わざとナルの遠征中を狙ったのだろうか。貴族としてはこじんまりとはしているとはいえ、ここは伯爵邸だ。
神殿関係者であろうとアポもなしに押し寄せていいはずがない。むしろ問答無用で叩き出してもいいのだが。
「私が必要としている時は聖女も神官たちも誰も手を貸してくれなかったし、そもそも聖女代理だった偽聖女さまも、お役目は果たしていなかったでしょう?……私に対して」
『……』
その言葉に神官たちが押し黙る……が。
「それはあなたが聖女さまなのですから、手など貸す必要はないでしょう?」
「あれは聖女を騙っていた偽聖女。聖女さまのお役目を果たしていないのは当然のことなのです」
「は……?聖女だからとか……今さらそれを言うの?あんなにローズマリーを聖女だとひけらかして特別扱いしていたのに?神殿には魔力の測定器があるわよね。それで分かるわよね」
魔力が正常に測れなくなっていた私とは違い、あれは正確に判定するはず。
ローズマリーの魔力が聖女たるに足りえない量であることも。
「それに……聖女だからこそ誰も手を貸さない、虐げられよと言うなら、あなたたちは何様なの?聖女だからって……偽聖女やあなたたちから受けた仕打ちを正当化しろと?冗談じゃない。帰って」
不快感しか抱けない。なんてやつらだろう……。
でもいきなり総入れ替えとはならない。ナルたちだって、何年も時間をかけたんだ。
神殿の掃除を済ませるまではまだまだ時間がかかるのだろうが……。
「我々を見捨てるおつもりですか……!」
「あなたたちを拾った覚えもないし……見捨てたのはあなたたちでしょう?」
散々ゴマをすってきたイーサンとローズマリーが死んだ途端、コロッと態度を変えて正当な聖女と分かった私にすりよってくるなんて……!
さらには。
「で……?おめぇら誰の許可とって俺の邸に足入れてんの……?」
――――――あ、魔王ーーいやただの魔王ではない。敢えて言えば……暗黒魔王が降臨した……。
いや、まぁ明らかに彼らの自業自得なのだけど……遠征に行ってた彼が何故、ここに?
「てめぇら……まずはそのきたねぇ脚、切り落としてやろうかぁ……?」
ニィッと嗤うゲスさは相変わらずの芸術美。しかしやろうとしていることは相変わらず血生臭い。
「汚れるでしょうが……やるなら土地の外で……あ、神殿の敷地内でやったらどうかしら」
「それはよいですね、奥さま」
家令も笑顔で頷いてくれる。
「お助けください聖女さまぁっ!!」
「私が助けてって言ってもアンタたちは助けなかったじゃない」
「それはあなたさまが聖女だから……!」
「知るか……!」
「……酷すぎる……!」
どっちがだよ……!
「まぁさすがに神殿で解体ショーはどうかと思うが伯爵邸に押し入るのはどうかと思う。騎士団で拘束すべきだろうな」
冷静な意見に顔を向けた先には。
「魔法師団長さま!」
「まぁ俺も神官たちには怨みがある。夫人側の証人にはいくらでもなるぞ」
更なる魔法師団長の言葉に神官たちは青ざめる。
「おめぇら、コイツら連れてけ。特上コースにご案内してやれよ……?」
ニタァっと嗤うナルの言葉に現れたのは、普段の騎士団員とは何となく違う……?制服が黒ずくめだし、口元を布で覆っていたのだが。彼らは神官たちを乱暴に拘束すると、早速連れていった。
「あの……彼らは……?」
「あれ、騎士団の諜報部じゃないのか?」
魔法師団長の言葉にピクンと反応する。
「んー、そだねぇ。情報収集、間諜、暗殺、拷問何でもやるよぉー」
恐すぎ……!!まさかナルの昔のお仲間……!?それともセシルさんの……フレイア公爵家の抱える影に関係があるのだろうか……。何となく恐くて、それ以上は聞けないけど。
「ヴィル、神殿のやつらはゴミだから、敷地に入った時点で始末していい」
まぁ助ける義理はないけれど、恐すぎないだろうか、その指示は。
「承知しました、旦那さま」
ヴィルもめっちゃ笑顔快諾……!?何かしら、晴れやかな笑顔だけどもどこかナルと同じ芸術美を感じさせるんだけど……!
「いや……取り調べくらいしてあげれば……?少なくともアルヴィンお兄さまが入れ替えたひとたちは……ましなはずよ。彼らが訪ねてくることだって……」
「うぇー……めんどくせぇ」
面倒くさいからかよ……!
まぁでも……彼らがここに来たのは上層部の指示なく……なのかしらね。
「アポとってきたら、ね?」
「んー……分かった」
「いや、アポなしだったら即始末とか恐ろしい要塞だな」
いや要塞って魔法師団長さま……。こんなこじんまりとした屋敷なのに……?
※※※
「それでナル……その、助かったのだけど、遠征は……?」
魔物討伐に出てたんじゃなかったかしら?
「わたくしから旦那さまにご連絡しましたので」
と、ヴィル。
「え、いつの間に……!?」
「連絡する手段は持ち合わせておりますので」
にこりと微笑むヴィル。
んっと……ナルの闇魔法関連だろうか……?
闇魔法を使えば王都からは数日から10日はかかると言う遠征先の辺境伯領ですら一瞬なのだ……が。
チャキッ
「で……?おめぇは何でうちにいんだ……?」
ヒイィィ――――――――ッ!?
ナルがいきなり魔法師団長さまの喉仏に剣の切っ先突き付けたあぁ――――――――っ!?何でこうなるの!!
「そ……その、私が呼んだから……!」
急いで場をおさめようとそう告げたのだが。
「え……?何で?」
くるっとこちらを振り向いたナルの目が……瞳孔開いてやがるぅ――――――っ!?
「あの……ポーション!ポーションについて相談がしたかったのよ……!魔法師団長さまにはよく相談してるでしょ?ポーションも卸してるし!」
さすがに神殿に卸す気にはなれないし、聞く気にもならないので、頼った先が魔法師団であった。
幸いポーションの作り方や書物も貸してもらえて、材料を仕入れてコツコツ作っているのはナルも知っているはずである。
「だけど今回作ってみたのは……その、珍しいものだったから、納める前に相談しようと思って……手紙を書いたの。ちょうど今日は魔法師団長さまが直接来られるってことだったから……来てもらったんだけど」
「そ……そうだぞ。お前な。嫉妬深いにもほどがあるぞ!?魔法師団長として聖女級の魔力を持ってるイェディカちゃんなんだから、しっかり見てやらないと……!」
「……」
何か最近は魔法師団長さまや親しいひとたちが私の名を呼ぶのは寛容になってきたのだけど。え……嫉妬……?まぁナルに関しては結構聞く言葉ね。今までのあれやそれも……単に病んでてだいぶ頭がイカれてるだけじゃなくて嫉妬ぉっ!!
――――――何で微妙にかわいい面もってんのよ、この暗黒騎士団長。
「……」
ナルは渋々剣を鞘に納める。はあぁぁぁ……何とかなってよかったけれど……。
「ほら、ナルも見てく?……騎士団に迷惑かからない程度に……!」
「まだ本格的な討伐じゃないから……特に」
「そう……?じゃぁその……これなんだけど」
そっと取り出したポーション瓶を見せた瞬間、魔法師団長さまが目を見開く。
「こ……これは……っ、なんだか並々ならぬものを感じるぞ……っ!」
や……やっぱり魔法師団長さまには分かるのだろうか……。
「こ……このポーションは、一体……?」
「その……い……いくもぅ……ポーション……」
「……っ!!?」
魔法師団長さまに失礼かなとも思ったが……でもご本人は気にされているし。いいや家系的にもきっと必要なものだわ……!それに魔法師団長さまに黙ってだなんて……できないもの。
「あぁ……君は……っ!救世主だあぁぁぁっ!!」
まさかの、聖女から救世主にジョブチェ~~ンジっ!いや、んなわけあるかいっ!!
「だ、だけど……本当に効果があるかどうか……」
「んなら……」
ナルがしゅぱっと育毛ポーション瓶を私の手から引き抜く。
「あっ」
「俺の命ぃっ!」
いやいや、魔法師団長さま!?命とか大袈裟……いや、髪は命か。そ、そうとも言えるわね。
「ちょうどいい被験体があるから、試してやらぁっ」
ニイィィィッ
ヒイィィぃっ!?めちゃくちゃドゲスなんですけどぉこのひとぉっ!!
「も……もし効果が出るならば……っ」
魔法師団長さま、必死の形相……!?
「まぁ……いーんじゃねーの?だけどな……」
「どうした?オリヴェル」
「俺は……てめぇのおやっさんの魔方陣を……尊敬している」
また魔法師団長のお父さまの頭の魔方陣のお話ぃっ!?てか尊敬してんの!?ナルが途端にお行儀よくなる基準がもはや謎だわ……っ!!
「あぁぁぁぁぁっ!!」
そしてさらに泣き崩れる魔法師団長さま。
いや、何か切ないというか虚しい叫びぃっ!!
その後ナルは遠征先に帰る準備を始めたのだが。
あ……そうだ……。遠征か……。
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