⑧荒野の聖女

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⑧荒野の聖女

「ここが、野営地……!」 私は遠征に戻ると言うナルと共に、ナルの闇魔法で騎士団の遠征先の野営地に来ていた。 夜に備えてテントや夕飯の支度、それから武器装備の整備や準備もしているようである。 更には動きやすいようにと、ナルからはフード付きのチュニックにズボンをもらって着ている。 それとチュニックのスリットからは不思議な飾りの着いたベルトが覗いている……。 何だろうと思いつつも、周囲にも興味を示して見てみれば。ここには辺境伯領の騎士や、騎士団駐屯地のメンバーもいるとはいえ、王都からの増援もいる。彼らもナルの闇魔法のチートで日数を消費せず来れるのだとか。 因みに私は光魔法使いだが、承諾してのことなので闇魔法に対する拒否反応などはなかった。 そして野営地に着いたことで、セシルさんが駆け寄ってきてくれた。 「団長?何でイェディカちゃんまで連れてきたの?イェディカちゃん大好きだからって、ほいほい連れてきちゃダメでしょーが」 え、私のこと……大好き?何かの溺愛フラグ?いやいやまさかぁ。 「何言ってんだてめぇは。銅貨サークル毛根から抜いてやろうか?」 「止めて、それだけは」 相変わらず口が悪いし、何その新手の嫌がらせは……! 「あの、セシルさん。今回は私から立候補したんです!」 「イェディカちゃんが立候補……?」 「あの、一応聖女なので、何もしないと言うのもあれかなと」 かといって神殿は信用できないもの。 「だからここで治療や後方支援に携わらせてもらえればと思って!」 「それはいいねぇ!偽聖女はこんな辺境には来たがりもせず王都に籠っていたからねぇ。最近の聖女は特にそう」 そうなのか……。もちろん王都の慈善活動も必要ではあるが、聖女の治癒魔法が役立つのはこう言った魔物討伐や天災。大量の光魔力を必要とする場では? と、その時。 「ごちゃごちゃ言ってねぇで治療班のやつ連れてこい」 相変わらず口が悪いんだから……。 「はいはーい!イェディカちゃんはそこで待っててねー!」 「……は、はい!」 そしてセシルさんを待っていれば。 「まさか団長の奥さま……!?」 「本当だったのね!」 「団長の結婚、都市伝説じゃなかったんだ……!」 私の元に、数人の女性たちが集まってきたのだ。えと……騎士団の制服で剣を帯びているから……騎士、よね。近衛騎士以外で女性の騎士は珍しいのだ。 「よろしくねぇ、奥さま」 「騎士団もいくつか隊があるけど、女性は少ないから、何かあったら頼って~~」 優しいお姉さんたちだなぁと微笑んでいれば……。 「お前ら、ゴリラみたいに群がってんじゃねぇぞ」 ヒィ――――――――っ!? こんなきれいなお姉さんたちに何つーこと言ってんの!!相変わらず口が悪いってかレディーにくらい気を使いなさいよ……!! 「あ、あの……っ」 お姉さんたちに謝ろうとしたその時だった。 「誰がゴリラじゃ、クソ団長――――――――っ!」 「これだから男は!ハゲ散らかすぞゴルラァッ!」 「銅貨サークルハゲ作ったラアァァァァッ!!!」 ひぇ――――――。お姉さんたちも負けてない……っ!?しかも銅貨サークルハゲ……局地的に流行ってるの!? 「あと会議の時間じゃとっととイケェ――――――ッ!!辺境伯閣下マジギレハゲるぞボケ団長ぉぉぉっ!!」 そして最後にしれっと業務連絡ぅ――――――っ!?しかも……辺境伯さままでいらっしゃるの……!? 「……チッ。セシルが治療班のやつを連れてきたら合流しとけ。……行ってくる……」 「うん、行ってらっしゃい」 でも渋々行くのは……まぁ騎士団長としての自覚はあるからかなぁ? 「ほんっと団長ったら口悪いんだから」 ナルが会議に向かえば、お姉さんのひとりが溜め息を漏らす。 「団長、平民出とは言え今は爵位持ってるし、顔だけはいいから、出張先の領主の娘とかにモテるんだよね。顔だけはいいから」 うん。顔だけは、いいのよね。顔、だけは。 「空気マジで読まずにボロクソに言いやがるからあの団長」 「マジで自分の進む先邪魔するやつには貴族のお姫さま相手でも容赦ないのよね」 「でもそれで女嫌いの噂が広まったんだと思うわ」 あぁ……やっぱり……。そんなことだろうと思ったけど。 「でもあれで、味方には優しめなんだよ。私たちが女だとナメられたら怒ってくれるしさ」 ナルったら……。割りといいとこあるんじゃない。 「まずはハゲさせようとする熱意!」 「『余計なことしゃべってる暇があんなら、ハゲてこい。できねぇんなら介錯してやろうカァ……?』とか」 「『女だとか男だとか言ってる前にてめぇはただのハゲだろうが』とか?フサフサだったんだけど言われたそいつ」 「そして何故かモノホンのハゲ隊員には敬意を示すのよ」 そう、何故か魔方陣はものすごくリスペクトしてるのよ……! 「盛り上がってるねぇ」 と、そこにセシルさんが帰ってきた。後ろには治療師だと思われる青年が続いている。 「セシルくんはマジでいい男よね」 「顔よし、性格よし、口悪くない!」 そ、それは言えてる……! 「それじゃぁ私たちは~~」 「またね~~」 賑やかなお姉さんたちと手を振り合い別れると、早速セシルさんが紹介してくれる。 「騎士団員の治療班のリックだよ」 私と同じ制服!これは治療班のものだったのか。 「よろしくお願いします!」 私が挨拶をすれば。 「こちらこそ」 リックさんが柔和に微笑んでくれて、メインテントまで案内してくれた。そこでみなさんに紹介してもらった私は、早速準備に加わった。 テントには騎士団の中の治療班や、魔法師団から出向している治癒魔法使いがおり、さらには辺境伯領からも後方支援として参加しているそうだ。ここは……女性が多めね。 「こちらは全部揃ってます」 「ありがとう、イェディカさん。あぁ……さまの方がいいかしら……」 「いえ……!おかまいなく……!アデラさん!」 アデラさんは青い髪にアイスブルーの瞳を持つ女性で魔法師団員だ。 「そう、それなら助かるわ。もしもの時には多分そう言った気遣いできないだろうし」 そりゃぁ騎士団員たちは命懸けで戦っているし、彼らが倒れれば後方支援の私たちも危ないから。 「それでも団長よりは口は悪くないですよ」 さらりとリックさんが言うと……。 「え、そのネタ大丈夫なんですか?」 と、アデラさんに聞かれ……。 「まぁうちの団長ですもん」 とリックさんがクスクスと苦笑する。 何だか騎士団内では割りと愛されてる……? そうして準備をしていれば……。やっぱりやっかみってのは……あるものよね。 「ねぇ……あれよ、元王女」 「聖女ってマジなの?しかも騎士団長の……」 「うっそ……あんな地味な子が?」 騎士団の治療班でも魔法師団の制服でもない……。しかしここにいるならば、彼女たちはきっと辺境伯領からの増援なのだろう。 聞き流して作業を続けようとしていた時だった。 「命が惜しくないのかしら」 「知らないんでしょ?うちの団長のこと、顔しか」 アデラさんもリックさんも辛辣うぅっ!?いや、真実なのだけど。 するとアデラさんがこそっと耳打ちしてくれる。 「貴族のお嬢さまとその取り巻き。貴族の奉仕活動の一貫で、辺境伯家の紹介で来たんですって。足手まといになるならお帰りいただきたいのだけど……まだシルト団長がキレてないからあのざまよ」 ……そう言う経緯でここへ。 だけどアデラさん。あの暗黒騎士団長がキレたらシャレにならないのでは……!? 「君たち、しゃべっている暇があるなら手を動かして」 リックさんが告げれば。 「はぁ?私に命令してるの?私たちは貴族なの。だからそれ相応の待遇をくださる?」 どうしよう……と思った時、不意にリックさんがにこりと微笑んだ。あの微笑み……既視感が……? 「ここの配置に関してはうちの団長が指揮していることなので、団長に直接どうぞ」 「ふんっ、私が騎士団長に直接あなたの不敬を言い付けてやるわ」 そう言ってケラケラ笑ってテントを出ていった彼女たちが……戻ってくることはなかった……。 「え……生きてますよね!?」 「今のところ死傷者の連絡は来てないわね」 「野営地を追い出された3名なら連絡が入ってますが、青い顔で馬車に飛び乗り帰ったそうです。あとこちらでの治療は必要ないと」 リックさん、めっちゃ笑顔……! ※※※ 「ナル、お待たせ」 騎士団のみなさんに是非と言われ、ご機嫌ナナメなナルの元に、2人分の食事を運んできた。 ――――――不機嫌なわけは分かってるのだけどね。 「ほら、どうぞ」 「ん……」 因みに本日の晩ごはんはカレーライス。 いつもより妙に静かなナルと食べていれば。 「イェディカちゃん効果なのかなー。ちょっとはましかもねぇ」 そこでセシルさんも来てくれた。 「ましって……昼間の……?」 「……あぁ、そうだねぇ。何かものすごい修羅場だったみたいだよ」 「……想像にかたくないわね」 きっととんでもないゲス顔披露したに違いない。 「俺は外にいたんだけどねぇ。闇魔法使い同士通信できるから、団長からの通信来て慌てて駆け付けた」 闇魔法では通信までできるの……?あ、だからあの時……ナルは、セシルさんが何もしゃべらなくともフレイア公爵の言葉を魔法師団長さまに伝えられたのね。 「辺境伯はさすがに俺の正体も知ってるから」 それならきっと信頼にたえる方ってことなのね。 「……食い終わった」 短い言葉が聴こえると、サッと立ち上がったナルはどこか考え事をしているようで……。 「どうかしたの……?」 「団長はさ、魔物がたくさんいるところだとああだよ。多分、神経張りつめてる」 「え……っ!?ナルが……っ!?」 「……今夜は忙しくなるかもしれねぇな……」 そのナル言葉の意味は……深夜に判明することになる。
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