⑨光の聖女と闇の騎士団長

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⑨光の聖女と闇の騎士団長

――――――――夜の帳を穿つような咆哮が轟く中。 「次!運んで!イェディカさん、お願い!」 「はい……!」 次から次へと運ばれる負傷者を瞬時に治す自身の光魔法に驚きつつも、魔力を止めるわけにはいかない。 ナルも、それから辺境伯さまも共に、騎士たちと前線に立っているのだ。 「ポーションは足りてますか!?」 「問題ない!これを前線に運んで!」 リックさんの指示に、ポーションや物資の手配をしながら治療するアデラさんはすごい……私は治療をするので精一杯だった。 討伐の終了が告げられたのは、朝陽が僅かに見えた頃。 「討伐は完了したけれど、負傷者の処置はまだ続くわよ。これから前線の負傷者を治療に行きます!魔力量は?MPポーションはいる?」 「私は平気です!」 不思議と魔力が湧いてくる感覚がするのだ。 それでも、アデラさんもリックさんも、ほかの治療師も、MPポーションを飲みながら交替で治療していた。 「本当にあなたは……聖女なのね」 アデラさんが感心したように呟く。 そう、それは紛れもなく……。 そして私たちは支援物資と共に、治療を終え動ける騎士たちと共に前線に一番近い陣地に向かうのだ。 万が一のために後方にも動ける治癒魔法使いと騎士を残し、後方支援部隊の担当が素早く指示を出していた。 「馬には乗れる?」 「い、いえ……っ」 「じゃぁこっち」 アデラさんは私を馬に乗せると、自らも華麗に私の後ろに乗り込む。 「乗れるとその分騎士の負担が減るし、物資も多めに運べるのよ」 「騎士団だと治療班でも馬術必須ですからねぇ。アデラさんは魔法師団員ですが、最後まで立っていられる可能性が高く乗れるので、出向してます」 確かにそうだ。前線まで負傷者を迎えに行けるひとが馬に乗れたら、その分馬に物資を積める。現に、後方に残り万が一に備えるくらいなら数人残れるけど……ほとんどの治療師はぶっ倒れる寸前。前線に行けるのは私とアデラさんとリックさんしかいない。 そしねリックさんも馬に乗り込んだのだが。あれ、レイピアを腰に帯びている?もしかして、このベルトの飾りって……。思わずゴクリと唾を呑み込んだ。 「馬への乗り方はおいおい、今回は3人なのでありがたいです」 普段は2人だけってこと……? 「さ、出発みたいですから」 リックさんが言うと、騎士たちとともにアデラさんとリックさんもまた、馬を走らせる。 風が冷たい……。早朝の匂い。 私たちを照らす朝陽の金色の光は……あの狭い箱庭から連れ出してくれた光と同じ色だ……。 ん……? 「……アデラさん、あの、何の声でしょう……魔物は討伐されたんですよね……?」 どこか獣のような……。 「え……っ!?まさか……っ」 アデラさんは急いで笛を咥えて吹く。 キイィ――――――――――ンッ 甲高く響くそれは馬の動きを一斉に止め、騎士たちが一斉に剣を抜き私たちと並ぶリックさんの馬の周りを固める。 「アデラさん……?」 「静かに……この馬たちは魔物の血も引くから、これを吹いて騎手が合図を送ると止まるよう訓練されてるの」 え……?魔物を止める……笛? 「でも相当な厄介な魔物が来ない限りは耐えるわよ。振り落とされないよう気を付けて」 その言葉が指す、意味は。 『ヒイィィィンッ!!』 一頭の馬の嘶きが異常な何かを告げた。 咆哮が轟く。それは……慣れ親しんだ光を歪ませる。 「多分……いや、あっちです!」 夢中で朝陽の方向を指し、叫んだ。 「何……っ!?」 騎士たちが一斉に朝陽を見やる。何もない……しかし、来ている……! 「イェディカさん、魔力の種類は!」 魔力の種類……?種類……そう言えば……。 「……光」 私と同じ。アデラさんとリックさんは少しだけ持っているが、治癒魔法は水の魔力由来だ。 「通常魔法が効かないか……っ」 騎士が呟く。 「でも衝撃は足止めになる!火魔法を!」 「了解!」 アデラさんが叫べば、騎士団員の一人が答え、炎魔法を放つ。 「行きます……!」 アデラさんとリックさんの水魔法が放たれれば、何もない空間に湯気が上がる。 ――――――確実に何かが……いる……っ。 ゾッとする寒気。 それは朝の空気のせいだけじゃない。 「自分は風を」 「ではその後に炎を!」 アデラさんの言葉に騎士団員たちが湯気の当たった場所に魔法を放つ。 闇魔法と光魔法。対極にあるこの2つの属性は、他の属性を弾く。けれど強い属性を弱点の属性に重ねて衝撃を起こすことならできる。 「さっきの笛は団長には届いてる。団長ならすぐに来ますよ。光が相手なら、団長かセシルが必要です」 あの2人が闇魔法の使い手だから……! でも……ナルにあの笛の音が届くと言うのは……? 「近付いている!」 「物理は効くのか……っ」 騎士たちが身構える。 「……っ」 張りつめた空気の中、感じるのは……。 「ナル」 その名前を呟いた瞬間だった。 朝陽に向かって次々と闇の触手が撃ち込まれ、光に紛れた巨大な魔物が断末魔の悲鳴を上げる。 それと同時に、朝陽に照らされる闇が金色の()光を宿し空中で華麗に旋回し、その手に帯びた刃を突き刺した……っ!! 姿をあらわにした巨大な怪物に刃を突き刺したまま立ち上がったそのひと影に、周りから感声が響く。 ――――――そして開かれた眼は、左目だけが金色を帯びたまま。先程のは見間違い……? 「オイゴラァッ!気ぃ抜くんじゃねぇ!まだ終わってねぇぞっ!!!!!」 突然の怒号にびくんと肩を震わせたのも束の間。姿を現した魔物の影から、湧き出るもの。あれに隠れて、紛れていたもの。 「リックはここを!」 騎士のひとりが叫ぶと、騎士たちは一斉に馬を駆けさせ、身を翻すナルに続く。 「え……っ」 「あぁ――――……んもぅ……。剣は得意じゃないんですよね……」 そう言いながらリックさんが構えたのはレイピア。 「魔法は私が」 「万が一こちらに漏れて来た時は、こちらも防衛しなくてはなりませんから」 え……やっぱり防衛って……リックさんも戦うの!?いやだからこその……帯剣。 「イェディカさんはこれを。もしもの時は魔物に向かって投げて」 アデラさんに持たされたのは……。おどろおどろしい色の……ポー……ション……? 「魔物にも効く劇物ポーションよ!」 いや、劇物ってそもそもポーションって言います!?普通に毒液なのでは……!? 一方で後ろから……。 「蹄の……音……」 気が付いて振り返ろうとした瞬間、頭上に影がかかる。え……馬が空を翔んでる……? いやそんなわけはなく、私たちの前に着地したのは。 「無事みたいだね」 「セシルさん!」 「あぁ、間に合って何よりです」 リックさんがレイピアを納めると、次々と後ろから馬が駆け抜けていく。 「……増援」 「前線の陣地から来てくれたんだわ」 アデラさんがホッと息を吐く。 「そう言うこと。まぁ団長は元気だから、後は俺らがあぶれた分を踏ん張れば終わりだね」 セシルさんが言った通り、ナルは最後の一匹を狩り終わるまで、雄々しくその剣を振り下ろしていた。 私たち治癒魔法使いたちを引き連れて、ナルと共に陣地に着いた頃には、すっかり陽が昇りきっていた。 「負傷者は……」 「集めてある。馬に乗せられるようになれば、積んで戻る」 な、ナルったらまた……。 しかし運ぶにしても馬に乗せられなきゃ後方支援拠点まで運べない。 こちらにもポーションはあれど、限度だってある。 「それで、お兄さまはこの中?」 ん……?アデラさんの、お兄さま……? 「あぁ、一応あのハゲにはこっちを守ってもらったからな」 アデラさんのお兄さまにハゲって……! 「治療はイェディカちゃんに任せていいかな?」 「も、もちろんです」 ハッとしてリックさんの言葉に頷き、アデラさんに馬を下ろしてもらえば、リックさんに続いて早速治療に取り掛かる。 「ポーションが必要な方はこちらを」 アデラさんが運んで来たポーションを配っていく。 「全員無事か!」 そして貴族にも見え、武人らしさも持つ男性がナルの元へと駆けていく。 「あたりめぇだろ、ハゲ」 あのひとがアデラのお兄さま?うん、アデラにとっても似てるけど……相変わらずフサフサだわ。 いや、私はまずは治療である。 ※※※ 「では魔物は、先程出現した光属性の魔物が率いていた群れで全てか」 「そうだ」 ナルが頷く。やっぱり光属性だったのだ……。闇属性の魔物もいるのだ。光もいるわよね。そしてその魔物は朝陽に身を隠して現れた。 お互いが弱点になる双方の属性ではあるが、闇は闇の中に紛れやすく、光は光の中に紛れやすいと言われる。つまりは光を隠すなら光の中。 「気に入らねぇ……」 「まぁ、一杯食わされた気分よねぇ……。そう言う面では私たち……属性対極の夫婦でお互いにそれぞれの属性の象徴に紛れたら見付けにくいってことにもなるのよね」 「……お前はどこにいても分かる」 「え?」 何で……? 「オリヴェル、撤収の準備は整った。念のため、警戒しつつ帰還しよう」 と、アデラのお兄さま。 「オラ、てめぇらぁっ!還んぞ!だが油断はすんじゃねぇっ!居眠りこきやがったら蹴り翔ばすぞっ!!」 アデラのお兄さまの言葉にナルが叫ぶと、周囲から気合いの入った雄叫びが響いた。相変わらずえげつないのだけど。でもそれでこそのナルよね……。ま、騎士団員たちはそれで気合いが入ったようだし。辺境伯家の騎士たちも一緒に雄叫びあげてるし。あれ、そう言えば。 「あれ、でも……辺境伯さまは……?」 どこにいらっしゃるのかしら。 「ん?あのハゲだぞ」 ナルが指した先にいたのは……アデラのお兄さま!?ってことは……アデラって辺境伯家のお嬢さまじゃない!!そしてお姫さまぁっ!!?私を前に乗せてくれているアデラを振り返れば。 「気にしないで。そんなガラじゃないから」 「そ……そうは言っても……っ」 衝撃の事実を知ってしまった……。
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