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新年にふさわしい快晴であることを、カーテンから差す日が教えてくれる、そんな朝だった。食事を済ませると、僕はのんびりと空を見ながら散歩していた。頬をなでる微風は、思わず身震いするような冷たさであったが、照りつける日差しと相まって、不思議な爽快感を身に運んでくれた。雲は空高くをゆっくりと流れ、その雲と同じように、僕の時間もゆっくりと穏やかに流れていた。そのことを今は少しだけ後悔している。
三重県立○○中学校という文字が、校門の右手、白い岩肌の壁に堀り刻まれている。この中学に通っていた当時は、毎日のように見ていた光景でも、今改めて見ると、趣のあるものとして映るのはどうしてだろう。元日の校舎からは人の気配がしなかったが、人一人分開いている校門が、本日の催しが無事開かれていることを告げている。校門をくぐると、校舎にかけられている時計が目に入り、約束の時間から5分遅れていることを、否が応にも知ることとなった。
少し走ってきたおかげか、冬の気温の中にあっても、服の中はほんのりと汗ばんでいた。約束の場所にはすでに10人程が集まっており、それぞれに談笑している姿が目に映る。その中に一人、こちらを見ている女性と目が合った。
「お久しぶり、渡辺君」
20年ぶりに見た藤沢先生の微笑に、僕の顔にも笑みが浮かんだ。切れ長の目にはそれでいて優しさを含んでおり、筋の通った鼻とは対象的に、顔のラインは丸みを帯びていて、綺麗と可愛いを見事に両立させている。当時の僕らのマドンナだった先生は、二十年の時を経ても、相も変わらず綺麗だった。
「お久しぶりです。先生は変わらずお若いままですね。びっくりしました。あ、まずは遅れてすみません」
「ありがとう、あなたも相変わらずね。よく遅刻していたことを思い出したわ。あの日も遅刻していたものね」
先生の言うあの日というのが、いつのことかわからなかったが、すみませんとだけ重ねて答えておいた。先生は「ま、いいわ」と言うと、集まっていた他の人たちに向けて声をかけた。どうやら僕が最後の一人だったようだ。
先生は、全員が自分の元に集まったのを確認すると、背負っていた鞄から、一つの金属製の箱を取り出した。見た目から想像するに、おそらくクッキーの箱だと思うその中には、ずいぶんと黄色く色褪せ、所々茶色く変色している封筒が入っていた。先生は一人一人名前を読み上げ、箱の中の封筒を僕たちに手渡してくれた。
「十年後の自分へ 渡辺 大樹」と書かれた封筒を20年後の僕が手にしている。10年前に開かれた、タイムカプセルの開封式を欠席した僕は、もう拝むことはないだろうと考えていたものだった。けれど、先生の計らいによって、さらに10年を経た今、こうして手にすることが出来ている。そこには閉校という悲しい事情も背景としてあることを、先生の手紙から知っていたが、今は素直に嬉しく思った。
手にした封筒を感慨を持って見つめる。劣化、損傷はあるものの、中学校の卒業式の日に埋めたままの姿であるはずのそれに、しかし僕は言いようのない違和感を感じた。けれども、少し考えてみてもその正体に辿り着くことは出来なかった。とにかく中を見てみようと、封を開けてすぐに、僕はその正体を知ることとなる。
「今日も遅刻したね、楽しかったよ」
手紙にはそう書かれていた。
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