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第60話 あの場所へ
新幹線の中で、郡山さんから受け取ったUSBをタブレットで開いた。
すぐに目に飛び込んできた見出しに、思わず周りを見渡す。
中途半端な時間だったせいか、わたしの周りには誰も座っていなかった。
それでもう一度タブレットに目を落とした。
「吉野凛、一般人男性と結婚・引退!!お相手は高校の同級生!!」
明日発売の週刊誌のスクープ記事の原稿だった。
記事は、吉野凛が2年以上ひそかに付き合いを続けていた一般人男性と結婚することについて書かれたもので、吉野凛が取材に応じたものだった。
そして……
2年前の草薙遥生との噂が事実ではないことが吉野凛の口から語られていた。
当時吉野凛がおかれていた状況と、相手が一般人であることからどうしても隠していたくて、真実を知っていた草薙遥生に口止めをお願いしたことが。
今の事務所との契約終了をもって、ようやく引退することができ、ずっとお付き合いしていた人と結婚できることになった、と幸せを語る一方で、草薙遥生が、自分と相手とのことを黙っていてくれたことで迷惑をかけてしまったことに対する謝罪と、事実を伝えたい人がいるからその人だけには話してもいいかとわざわざ連絡をしてきたその誠実さに感謝をしていると。
ひとつを除いて、遥希さんが教えてくれたこととと同じだった。
遥希さんは、吉野凛が流産したことしかわたしに話さなかったけれど、その時、彼女は、自分のせいで流産したことがショックのあまり、自殺未遂をおこしていた……
遥希さんが苦しんでいたのと同じように吉野凛も、あらぬ噂で遥希さんが誹謗中傷されてしまったことを苦しんでいた。
それでも、事実が公になれば、一般人である相手に矛先が向いてしまう。それだけは守りたかったと。そのために草薙遥生との噂を肯定も否定もしないでいたことを懺悔していた。
当時、16歳だった吉野凛が出来ることなんてなかった。
愛する人の子供を授かったのに、自分のせいで流産してしまったことを苦しむあまり自らの命を絶とうとしたなんて……
こうやって事実を明らかにした今も、彼女はようやく18歳でしかなかった。
それでも、愛する人と一緒になれることをとても幸せだと語っていた。
記事を読み終えてから、郡山さんから言われた通り、USBの中身を完全に削除して、カバンに閉まった。
遥希さんに会いたい。
お願い。
わたしの前からいなくならないで。
それだけを願いながら、前に駅のホームで撮ったふたりの写真をずっと見ていた。
とても幸せそうに笑っている写真を。
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