師への尊敬「二人の学者」

5/8
前へ
/29ページ
次へ
1879年の春。相も変わらずフィリジア病に苦しむベカトワの街に時渡りの少女は降り立った。 クレバー教授とフランク助手がワクチンの試作品を開発してから三年の月日が経過している。 この三年間で二人はいくつかの試作品を開発した。しかし、どれもフィリジアに対して決定的な効果を上げるほどにはならず、研究は完全に行き詰まっていた。そんなある日、事態は突如急変する。   教授は三年前と変わらず、熱心に研究を続けていた。しかし、顕微鏡に向かうその背中には計り知れない疲労感が漂っている。フランクも同様であった。思うように効果を上げることのできない研究。彼は三年前の熱意を失いつつあった。 だが、研究が完成に限りなく近づいているのは事実なのだ。クレバー教授も疲れてはいるが、変わらぬ探求心でフィリジアに挑んでいる。師に後れをとるわけにはいかない。師への尊敬が彼を突き動かした。 だが………そこに悪夢はやってきた。   時渡りの少女はすぐに異変を感じ取った。そして彼女がこの数秒先の未来を垣間見たとき、目の前の老教授の横顔が揺らいだ。   「教授!!」   フランクが師に起こった異変に感づき、床に倒れるクレバーのもとに駆け寄り助け起こす。だが、教授は自らを案じる助手の手を振り払った。   「私に構うな!」   「……教授…まさか……」   「油断したわ……詰めが甘かった」   クレバーは自身を蝕む病魔を自覚していた。そう、彼は気づかぬうちにこの街を支配する死の病にかかっていたのだ。   「いつかは来るとは思っていたがな。だが、三年間も粘れただけ運が良かったと思わねば」   ゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りで老教授は研究を再開する。   「フランク。お前も感染している可能性が高い。あの試作品を使っておけ」   完成している試作品は病原菌の活動を阻害し、発症を遅らせる作用がある。すでにその効果は実証済みである。しかし、発症してしまった患者には効果がない……つまり。   「教授は……教授はどうするんですか!」   「なに、ワクチン完成までもうすぐだ。なんとかなるさ」   そういっていつもの優しげな笑みを浮かべ、教授は再び顕微鏡に向かった。だが、時渡りは知っていた。この後、程なくして教授が没することを。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加