師への尊敬「二人の学者」

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それから数ヶ月後。ベカトワの街の一角に、人だかりができていた。その中心では、フランクが忙しそうに薬瓶を並べている。   「少し痛むかもしれないが、我慢してくださいね」   患者の腕に、白色の液体の入った注射を施している。そう。ワクチンは完成したのだ。 教授の死から研究を続けていたフランクは、フィリジアの発症と共に最後の試作品を作り出した。最後の望みを託して、彼はそれを自身に注射し、見事フィリジアの恐怖を克服したのだ。 その後、フィリジアから解放されたベカトワの人々の歓喜の声で街中が満たされたのは言うまでもない。   フランクは一人で研究室の後片付けをしていた。彼のデスクの上には、教授の名が彫られたエメラルドのネックレスが飾られている。 全てをやりきった彼は、ネックレスを握り締めて涙を流した。   「教授……見ていてくれましたか?」   師を思い、彼の顔が涙に塗れる。そんな彼の前に時渡りは微笑みと共に現れた。   「君は……」   「頑張ったな」   少女のものではない声が聴こえた。声のする方を振り返ると、そこにはにやりと笑う老教授の姿があった。   「教授……」   「お前は私の誇りだよフランク。本当によくやった」   その言葉にフランクの表情が泣き顔から清々しいものに変わる。   「お前にあれを託してよかったわ。私の人を見る目は冴えとるなぁ」   「教授の功績です。あなたが居なければ、ワクチンの完成はありえなかった」   「いや、私は病原菌について調べただけだよ。薬品の調合をしたのはお前だ。もっと誇れ」   「………お返しします」   握り締めていたネックレスを、もとの持ち主に差し出す。しかし、老教授はそれを受け取ろうとはしなかった。   「あの世までは持っていけん。返すならそこのお嬢ちゃんにくれてやってくれ」   クレバーが指さした先には、少女が黙って立っている。その表情は微笑んでいるようにも見える。   「ずっと私たちを見守っていたようだ。よっぽど暇だったんだろう。駄賃でもやらなきゃ可哀想だろう?」   「……そうですね」   二人は顔を合わせて笑った。……やがて、老教授の姿が淡い光に包まれる。   「ではこれで失礼しよう。……またな」   「ええ。また……会いましょう。教授」
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