トキワタリノアサ

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静寂。ただ、それだけがこの空間を埋め尽くしていた。見渡せば、どこまでも続く虚無。渦巻く混沌とした時間の流れの中に、ぽつんと小さな屋敷が漂っていた。 古い古い、木造の外観。音のない世界にたたずむそれは、どことなく異質な雰囲気を辺りに振りまいていた。 屋敷の中に動く影は、ない。   だが、彼女はそこにいた。虚無の世界の末端の、小さな小さな古びた屋敷で、彼女は静かに眠っていた。 流れるような美しい銀髪。静かに寝息を漏らす薄桃色のやわらかな唇。そして、真珠を彷彿とさせる真っ白な柔肌。   素っ気ない骨董品で彩られた薄暗い寝室。静かに彼女は眠っている。それはまるで、現世に具現化した天使のように。   やがて彼女は目を覚まし、寝ぼけ眼を手で擦ってゆっくりと体を起き上がらせる。 静寂に支配されていた時の狭間が、少女の目覚めとともに息を吹き返したかの如くざわめき始める。 少女が眠っている間、ずっと微動だにしなかったいびつな時計の針が、主の目覚めに歓喜してぐるぐると回る。   少女はベッドから這い出ると、アンティークのクローゼットを開き、その中から純白のワンピースを取り出して着替えを始める。その上に薄茶色のローブを纏い、外出の支度を整えた。   鞄に水の入った瓶をつめる。一つ、二つ、三つ。小さな小瓶に揺らめく水を眺めて、少女は微笑みを浮かべた。   荷物をしまった鞄を肩から下げて、少女は混沌の海に飛び込む。混沌たる時の流れは少女を優しく包み込み、やがてその姿をかき消した。 時渡り………時間の狭間に住む少女は、こうして今日も出掛けていった。 どこかの時代のいつかの時間へ。人の想いを集めるために。
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