早すぎた別れ「温もりの意味」

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とある北方の雪国の街。大きな時計塔をシンボルとしたこの街で、女は生を受けた。実業家として成功した名家に生まれた彼女は何不自由なく育てられ、極めて優秀な学校へ入学し、期待された通りの結果をおさめて卒業した。そして彼女が19才になった冬のある日。その時から彼女の運命は狂い始めるのである。   時渡りは静かにその街に舞い降りた。しんしんと降り注ぐ粉雪が柔らかな肌に触れては消えていく。 その場所は何の変哲もない街路だった。終業の時間帯、家路を急ぐ人や買い物客でまだまだにぎわいを見せている街路。その一角に、時渡りはあの女の姿を見つけた。その視線の先には、路地裏で静かに歌う一人の青年が映っていた。雑踏の中では瞬く間に四散してしまうようなか細い、しかし澄んだ歌声である。女はただ遠目からそれを眺め、青年の歌に耳を傾けている。 その内、青年が彼女に気付いた。穏やかな笑顔を浮かべて何か喋っている。その言葉に彼女は急に頬を赤らめてその場を立ち去ってしまった。   家の前で女は肩を落としてため息をついた。先ほどの青年の笑顔を再び想起し、また赤面する。   あぁ、私はなんて駄目なんだろう。   自らの勇気の無さにつくづく失望する。いつもそうだった。彼女は昔から人見知りをするほうであり、面と向かって人と話すのが苦手なのだ。ゆえに、想いを馳せた人はいれど、自らの意志を伝える勇気が彼女には欠けていた。そして心の片隅であの青年を好いている自分に気付いている。だからなおさら落胆するのだ。 冴えない顔のまま、彼女は家の豪奢な門をくぐった。
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