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1,幻想ポロネーズ
篠田小夜(しのださよ)は、寝る前にCDで音楽を聴くのを入眠儀式のようにしていた。
彼女がこのところ好んで聴いているのは、ショパンのピアノ曲だった。
すべての人間の心に通底する共通の悲しみを、繊細な音色で表現するショパン。
中でも最近よく聞くのが、「幻想ポロネーズ」だった。
晩年のショパンの孤独と病が色濃くにじみ出ているこの曲から漂う悲しみは、静かな諦念ばかりでなく縋りつくようなパッションも感じさせた。
小夜の悲しみに寄り添う曲だった。
それが、10月に入ってからこの曲を聴いている時、まるで耳鳴りのようにザーザーいう音が混じって聞こえるようになった。
その音は日ごとに存在を主張するようになり、「幻想ポロネーズ」の曲の世界と融和するかと思えた。
初めのうちは気のせいと気に留めなかった小夜も、ついにその音をはっきり意識するようになり、いったんCDを止めて耳を澄ませた。
室内の音ではないと判断し、ベランダに面した障子様の扉を開けてみた。
ベランダの向こうは狭い道を挟んで公園になっていて、小夜の住んでいるマンションの目の前に大きないちょうの木があった。
特に小夜の住む3階の部屋は、窓を開けるといちょうの木が真正面にあって、視界に飛び込んできた。
まだ10月半ばというのにいちょうの木は老い急ぐかのように葉を黄葉させ、その様は美しくもありどこか痛ましくもあった。
夜の闇の中でも道の街灯に照らされて、いちょうの黄葉は昼よりもその本性をさらけだすように色彩を明らかにしていた。
そして、びっしり生い茂った葉は、風を待たずに死への胸騒ぎに揺らいでいた。
この音だったのかと、小夜は合点した。
それにしても、不自然なくらいはっきり聞こえる。
私が聴いている曲に交わろうとしているのか。
音の正体を突き止めることができてほっとしたのか、小夜は「幻想ポロネーズ」を聴きながら眠りについた。
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