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4,供養と成仏
12月半ばの休日、自治会の清掃が行われた。
小夜の住むマンションは、目の前の公園担当で周辺の道路や側溝も含めて清掃する。
朝9時に開始されたが、小夜は少し遅めに公園に行った。
竹箒が貸し出されていたがもう残りはなく、小夜は普段使わない庭箒を持参した。
すでに落ち葉を詰め込んだごみ袋が、収穫物のようにいくつかまとめて置いてあった。
お喋りをしながら箒を動かしている人たち、親についてきて公園の遊具で遊んだり走り回ったりしている子供たち。
12月の太陽は、温もりを分け与えながらそれらを照らしていた。小夜も陽光をご褒美のように受け止めて、しばし落ち葉清掃にいそしんだ後、件(くだん)のいちょうの木を眺めながらそれに近付いていった。
いちょうの木はすでに葉をほとんど落としていて、露出した枝には寂寥が宿っていた。
小夜は、根元に落ちた黄葉を数枚拾って袋の中に入れた。
いちょうの木は、小夜の住むピンクベージュ色の壁のマンションと並び立っていた。その梢は6階建てのマンションを超えていたが、それゆえに圧倒するというのではなく、お寺にあるいちょうの木のようにマンションを見守っている風にも見えた。
確かに入居した当時は、いちょうの木は2本あった。
雌株の方が若干小さかったが、それでも20メートルはあろうかという大木が2本そびえているのは壮観だった。
結婚して4月にマンションに住み始め、その秋には2本のいちょうの黄葉を感無量で眺めたのだった。
その次の春ーー今年の3月ーーには、いちょうから少し離れた所に植えられた2本の桜の花を透と一緒に眺めて、幸せを実感した。
その後、小夜の記憶は、桜の花やいちょうの黄葉から乖離した灰色の世界に沈み込んだ。
もうあれから半年以上になる。このマンションを引き払った方がいいのだろうが…。
とにかく、なくなったいちょうの木を供養しよう。
小夜はそう決めて、周囲より一足先に公園を去った。
小夜は一旦自宅に戻り、昼食をとって着替えてから、正月に初詣でに行った神社に向かった。
歩いて15分くらいのその神社は石段を50段ほど登った所にあり、景色と風通しが良く、遠くから風が集まってくる気がした。
石段を登っている時息切れがして、仕事に集中し過ぎなのかと小夜は危惧した。
境内には公園のいちょうよりさらに大きく樹齢も古いと思われるいちょうの木があった。
落ち葉がきれいに掃き清められて閑散とした境内では、いちょうの木の存在感は重圧を感じるぐらい大きく、ご神木なのではと小夜は考えた。
いちょうの木には人間のあずかり知らぬ通信手段があって、動けないながらも他のいちょうとつながっているようだった。
ここでお参りすれば大丈夫、と小夜は安心した。
拝殿の前で彼女は手を合わせて、伐採されたいちょうの木の冥福を祈った。
帰り際に大いちょうの木を見上げると、葉を落とした木はその質量全体で「承知した」と肯(うべな)っていた。
小夜はいちょうの木に向かって礼をして、神社を後にした。
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