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児童館から帰ってきてから、ぼくは清司さんに手紙の返事を書いた。
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西村清司さま
拝啓
お返事おそくなってごめんなさい。清司さんからのお手紙で、ぼくはずっと考えていたことがあります。
ぼくは、父さんと母さんとぼくの3人家族じゃなくなることがいやだったけど、言えなくてあきらめてしまいました。子どもの力じゃどうにもできないと思ったからです。
学校は、音読できないし、歌も歌えないし、先生も当ててくれないから、あきらめていました。でも、家族のことはどうにもできないかもしれないけど、学校のことは、まだあきらめたくないです。
敬具
矢崎比呂
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迷ったすえに、ぼくはタカユキさんからの名刺を母さんに渡した。
「その、比呂がお手紙書いてる人のご家族の方?」
こくん、とうなずき、ぼくはふせんに書いた。
『さっきたまたま、外であったよ。ひとりぐらしでしんぱいだから、なにかあればれんらくくださいって』
「そうなの。ふうん……あら、大手の保険会社の管理職。すごい人ねえ」
名刺の表を見て母さんは感心した様子だった。ぼくにはむずかしそうな仕事、としかわからないけれど。わかったのは、タカユキさんの漢字は「貴之」と書くことくらい。
清司さんとのやりとりのことをなにか聞いてくるかと思ったけど、母さんはとくになにも言わなかった。
その次の日。
朝、学校に行く前に、1階にある郵便受けの前で足を止め、ぼくはゆうべ書いた手紙を清司さんの部屋の郵便受けに入れた。
外に出ると、空は真っ白。吐く息は白い。
いつものように登校班の集合場所へと向かうと、広場のそばのベンチに清司さんと茉莉子さんの姿があった。
「清司さーん、おはよーっ」
「おはようございまーす」
通りかかるほかの子たちも、清司さんにあいさつをしている。ぼくもベンチのそばでいったん足を止め、ぺこんとおじぎした。
清司さんは目を細め、トレードマークのひらべったい帽子をちょっと上げただけだった。
その日、2時間目の算数の授業中。ぼくは手を挙げようかどうしようか迷っていた。
教科書の問題を解いたあと、答え合わせの時間になる。
「5をもとにするとき、次の数の割合はいくつか。1番の答え、わかる人!」
文代先生の言葉に、はい、はいっ、とまわりの子たちが手を挙げる。
問題1番の数は4。4÷5だから、答えは0.8だ。
「はい、じゃあ村井君」
「0.8でーす」
「正解! じゃあ2番は――杉森さん。わかるかな」
みんな手を挙げ、先生が指していって、答え合わせは進んでいく。
最後の文章題になると、文代先生は教科書の問題を読みあげた。
「Aさんは12回くじを引いて、3回当たりが出ました。Bさんは10回くじをひいて2回当たりが出ました。当たりが多く出たのはAさんとBさんどっちかな?」
文代先生は黒板にチョークでAさん、Bさん、当たりの数、引いた数と表にし、それぞれのところに数字も書き込む。
「ちょっとむずかしいけど、わかる人いるかな? 前に出て黒板に式を書いてもらいます」
こういうとき、すぐに手を挙げる子はあんまりいない。
教室はみんなお互いの様子をうかがう。答えはわかるんだけど、前に出て黒板に書くのは注目されて、ちょっと気が引けるから。もしまちがえたら恥ずかしいし。
だけど。
(はいっ)
ぼくは思いきって手を挙げた。
え、とまわりの子がちらっとぼくを見る。文代先生も、ぼくが手をあげたことに気づいて、ちょっとおどろいた顔をした。
教室のみんながこっちを見たけど、ぼくは手を下ろさなかった。
「じゃあ、大友君。ここへ来て」
ぼくはうなずき、席を立って黒板へ向かった。文代先生に手渡されたチョークで、黒板に書きこんでいく。
Aさんは3÷12=0.25、Bさんは2÷10=0.2。
「はい、大友君。当たりが多く出たのはどちらの人?」
見守っていた文代先生がぼくに尋ねる。ぼくは黒板に書かれた『Aさん』の字を指差した。
「正解! よくできたね!」
先生が拍手をしたから、教室のみんなも拍手をした。なんだか照れくさくて、ぼくはすぐに席にもどった。
学校が終わると、ぼくは団地まで走って帰った。外は寒いのに、なんだか足が軽い。
8号棟の郵便受けをのぞいたけど、からっぽ。さすがに今朝出したばかりだから、まだ返事は届いてないってわかってるけど。それでも郵便受けをのぞくのは、もう習慣だ。
「おかえり、比呂」
3階に上がって家に入ると、ぼくはテーブルにあったふせんにペンで書きつけた。
『きょう算数で、まえに出てもんだいをといたよ。ふみよ先生とみんながはくしゅしてくれたよ』
それを見た母さんが目を丸くした。
「比呂が……手を挙げたの?」
こくん、とぼくはうなずく。
「……すごい! すごいね、比呂! やったじゃん! 母さんもすっごいうれしい!」
びっくりするくらい、母さんは喜んだ。どうやら大げさじゃなくて、本気みたいだ。なんとなく、わかる。
そうだ。国語の音読はできなくても、算数や理科、社会だって、自分から手を挙げて答えられる場面はある。
明日からもやろう。あきらめちゃだめだ。
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