10人が本棚に入れています
本棚に追加
土曜、日曜、それから祝日のあとの火曜日の朝、ぼくはいつもどおり8号棟を出て、登校班の集合場所に向かった。
けれど。
広場の前のベンチに、清司さんと茉莉子さんはいなかった。ベンチはからっぽ。
いつもいる清司さんと茉莉子さんがいないだけで、ちょっぴりさみしい。
「清司さん、今日はいなかったね」
2列になって学校へ向かうあいだに、美乃梨が言った。ぼくはしょんぼりうなずく。
うしろから、奏多も心配そうに言った。
「清司さん、風邪でもひいちゃったんじゃねーの?」
「心配だね。うー、寒いよ。あたしも風邪ひいちゃいそう」
「鼻たらすなよ」
「た、たらさないわよっ!」
空は真っ白。吐く息も真っ白。手袋はしているけど、顔が冷たすぎて痛いくらいだ。
清司さん、もしかして具合悪くて寝ているのかな。ひとり暮らしのはずだけど、大丈夫かな……。
その日の放課後、また奏多と美乃梨にさそわれて児童館に行く約束をした。
「じゃ、ランドセル置いたらまた広場に集合ね!」
いつもどおり、いったんふたりと別れて八号棟に帰った。母さんにふせん用紙で行き先を伝え、ランドセルを置いてすぐまた団地の階段をかけ下りる。
団地内広場に向かっていたぼくは、はっとした。
清司さんだ。ベンチに清司さんがいる。いつもどおりの、帽子に長いコート。だけど、茉莉子さんがいない。
ぼくが近づくと、清司さんはのろのろと顔を上げた。
「おはよう、ございます」
……え?
今は朝じゃない。さっき、家の時計を見たときはもう三時半過ぎていたけど。
「比呂っ」
「あ、清司さん!」
ふり返ると、奏多と美乃梨も走ってやってきたところだった。
「こんにちはー」
「こんにちは、清司さん。あれ、茉莉子ちゃんは?」
「…………」
ふたりの言葉にも、清司さんは座ったまま手を膝に置き、無表情に地面を見たまま黙っている。
奏多と美乃梨も不思議そうに顔を見合わせ、こちらを見る。ぼくにもわからない。
清司さん、どうしたんだろう。すごく悲しそうに見える。
「あの……」
美乃梨が真顔になって、ためらいがちに切り出した。名探偵モードの顔つきだ。
「清司さん。もしかして、茉莉子ちゃんになにかあったんですか?」
「…………」
「清司さんっ?」
「……まりこ……ああ、いなく、なってしまって……」
「え?」
ぼくも奏多も目をみはる。
「きが、つい、たら、」
とぎれとぎれに、清司さんはつぶやく。地面を見ているけど、見ているのは地面じゃないみたいだ。
「はぐ、れて……どこだったか……」
「ええ? はぐれたって?」
奏多がすっとんきょうな声を上げ、美乃梨もわけがわからないといった顔つきになる。
「変ね。だって茉莉子ちゃんはお人形――あっとと、すみません。茉莉子ちゃんはひとりで出歩くはずないでしょ?」
「……どこかに置き忘れたってことじゃねーか?」
ふたりは一応、清司さんを気にして声をひそめたみたいだけど、どうやら、清司さんの耳には届いていなさそうだ。
「じゃ、あたしたちで探そう」
「ど、どうやってさ」
「推理して!」
コホン、とわざとらしくせきばらいして、美乃梨は清司さんに向き直る。
「清司さん、今日はどこにお出かけしました?」
「…………」
呆然とした様子の清司さん。
こんな清司さん、初めて見る。ここまで清司さんはショックを受けるなんて。それほど、清司さんにとって茉莉子さんは大切なんだ。
「清司さーん! 今日は、どこに、お出かけしました?」
美乃梨が再び、はきはきと声を出して尋ねる。
数秒たってから、清司さんは言った。
「商店街……はるかぜ公園、とおって……もどって……」
商店街とはるかぜ公園なら団地の東口だ。通りを挟んだ向かいがはるかぜ公園、反対側の出入り口は商店街に抜けられる。
「商店街っつーと、スーパーとか、いつものケーキ屋さんかな?」
「待って。このまえ、貴之さんて人が言ってたわ。食材は生協の宅配を手配したって。だとしたらケーキ屋さんのほうがあやしいんじゃない?」
美乃梨の記憶力にはぼくもおどろいた。奏多も「お、おう」とけおされている。
でもまだ、はるかぜ公園の可能性もあるし……と思っていたら。
「三人で手わけしよう。商店街と、はるかぜ公園と、団地の敷地内よ」
「団地内の落とし物って、集会所に届くんだよな? おれ、父さんが自治会メンバーやってたから聞いたことあるぜ。そのあと交番に届けられるって」
「この団地の人なら、茉莉子ちゃんはいつも清司さんといっしょにいるって、みんな知ってるんじゃない? わざわざ集会所に届けるかなあ」
たしかに。ぼくが茉莉子さんを見つけたら、清司さんの部屋を直接たずねて返すほうが早いと思うだろう。
「清司さんが住んでる部屋を知らなきゃ、やっぱ集会所に届けるしかなくね?」
「うーん、それもそうね」
かくして、ぼくは児童公園、奏多は商店街、美乃梨は自治会に確認してもらうという分担になった。
「あたしたち、すぐ戻りますから!」
そんな美乃梨の声にも、清司さんは反応を示さずうつむいたままだった。
美乃梨はお母さんに自治会に連絡してもらうため、6号棟へと走っていった。ぼくは奏多と団地の東口へと走る。
「なんか、おどろいたよな。清司さん、あんなにがっくりしちゃってさ」
ぼくもとなりでうなずく。ここ数日、清司さんはあまりしゃべらないと思っていたけど、今日の落ち込みようはひどかった。見ているこっちが苦しいくらいだ。
奏多とふたりで通りを渡って、はるかぜ公園に入った。
「おれ、ひとっ走りケーキ屋さんの辺り探してくるよ。見た人いるかもしれねえし。こっちは任せたぞ」
ぶんっとぼくはうなずいた。
最初のコメントを投稿しよう!