2 再試験に向けて

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2 再試験に向けて

 魔法薬のテストで失敗したユミリアは、三日後の再試験に向けて、放課後に練習室を借りて自習することにした。  申請すれば誰にでも借りることの出来る練習室には、基礎的な魔法に関する材料が常備されている。申請するときに、書類に記入すれば材料の持ち込みも可能だ。  ユミリアが必要な魔法薬の材料は、本当に基礎的なものなので、持ち込む必要はなかった。  切り詰めた生活をしている身としては、材料を用意しなくても良いのは大変助かった。 (今度こそ失敗しないように、しっかり練習しないと)  こんな初歩的な魔法薬の試験で躓いていては、今後の授業についていけない。入学早々「落ちこぼれ」とレッテルを貼られてしまっているが、これから何とか挽回出来るように努力しなければ、とユミリアは自分を鼓舞した。  ユミリアは不真面目な生徒ではない。寧ろ授業態度は優秀で、毎日コツコツと復習予習を怠らない真面目な少女だ。なので、紙面のテストではそれなりに優秀な成績を修めている。しかし、実技になると、まるで駄目だった。毎回、今回の試験のような失敗をしていた。頭は良くても実技が出来なければ、魔法学園の生徒としては「落ちこぼれ」なのだ。  入学前の魔力測定では、規定の魔力量に達していたので、ユミリアが失敗するのは魔力のコントロールが上手くできないことが原因だった。  他の生徒が難なく出来るコントロールも、ユミリアは細心の注意を払わなければ出来ない。だから、あの時のほんの少しの油断で魔力が乱れて失敗してしまったのだ。 (何度も練習していれば、コントロールのコツを掴めるはずだわ)  ユミリアが魔法薬の材料を準備していると、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。 「はい、どうぞ」 「ユミリア、大丈夫?」  そっと開いた扉から顔を覗かせたのは、蜂蜜色の瞳に心配の色を浮かべた茶髪の青年だった。 「ヒース君、心配してきてくれたの?あとがとう」  ヒースと呼ばれた青年は、ユミリアが持っていた実験器具を受けとると机に持っていってくれた。彼は、落ちこぼれなユミリアを気にかけてくれる、数少ないクラスメイトだった。ユミリアが失敗しても嗤うことなく、寧ろ心配気な視線で見てくれている。こうして放課後に残って自主練習するユミリアに付き合ってくれるのも、もう何度目なるだろう。 「いつも手伝ってもらって、ごめんね」 「ううん、自分が好きでしてることだからユミリアが気にする必要はないよ」  申し訳なさそうにユミリアが謝ると、ヒースは穏やか微笑んで気にするなと言ってくれる。  ユミリアとヒースは、入学して初めての実技の時に一緒のグループだった。その時も簡単な実技に失敗したユミリアは、放課後一人で自主練習をしようと、練習室の申請のために職員棟を訪れた。初めての申請に四苦八苦していると、たまたま用事で職員棟を訪れていたヒースが一緒に申請を手伝い、その流れで練習にも手を貸してくれたのだ。それからも、ユミリアが自主練習で居残りしていると、ヒースが顔を出して手伝ってくれるようになった。 「でも、本当に申し訳ないわ……そうだ、今度またお菓子を作ってくるわ」 「本当?この前もらったクッキー、とても美味しかったから、嬉しいな」  ユミリアはお菓子を作るのが好きだ。  ヒースの貴重な時間のお礼がお菓子というのは、割に合わないのではないかと悩んだが、ユミリアが出来る精一杯のお返しだった。なので、休日は授業の予習復習をして、気分転換を兼ねてお菓子を作り、それをヒースに渡しているのだ。美味しかったといって貰えるのは素直に嬉しい。  ヒースと雑談しながら、必要な器材や材料を準備すると、すぐに実験出来る環境が整った。 「よし、じゃあ、始めるわ」 「頑張って、僕は静かにしてるね」  ヒースは、そういうと椅子に座った。  ここからはユミリアが魔力のコントロールを上手に出来るように集中する必要がある。それでも、独りぼっちで練習するよりも、誰かが近くにいてくれると安心する。ヒースの存在に感謝しつつ、ユミリアは目の前の薬液を順番に混ぜていった。  全ての薬液を混ぜ合わせる。ここまでは授業でも問題なかった。  問題はここから先だ。ユミリアは目を閉じて、一度大きく深呼吸し集中力を高める。“自分は出来る、大丈夫”だと自己暗示をかけながら、目を開け薬液の上に手を翳した。この時、ユミリアのブラウスの袖に付いているリボンがほどけて、薬液に浸かってしまったが、魔力のコントロールに集中していたユミリアは気が付かなかった。  透明の薬液が授業の時と同じように水色に変化していく。  しかし突然、透明な水色だった薬液が、濁った赤に変化した。 「えっ?」  授業でもなかった変化にユミリアは驚きの声をあげる。  実は薬液に浸かってしまった袖のリボンには、器材や材料を準備していた時に誤って付着してしまった薬液が染み付いていたのだ。その薬液は今行っている実験の薬液とは配合禁忌のものだった。  魔力のコントロールも乱れ、実験器具の中の薬液はまるで血液のように変化してしまっていた。しかも、ゴポッゴポッと気泡が発生し始めた。 (あ、これ、嫌な感じがする)  授業の時、薬液は黒い煙になって消えた。でも、今回もそうとは限らない。この血液みたいな薬液が煙にならずに飛び散ったら?ユミリアは、実験器具から後退ろうとした。この時やっと、袖のリボンが薬液に浸かっていたことに気がついた。それに気を取られたユミリアは動きが止まる。 「危ない!」  普段からは考えられない、ヒースの焦った鋭い声にユミリアは我にかえった。目の前の薬液が今にも爆発しそうな状態になっていた。ユミリアが一歩後ろに引くのが早かったのか、ヒースに腕を引かれるのが早かったのか。  気がつけばユミリアはヒースに抱き締められていた。  そして、ボンッと大きな音が練習室の中に響いた。
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