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Ⅴ 三組目
「今ごろどうしてるんだろうね、あのふたり」
狭いファストフードのテーブルに肘をついて、私はあごの下で手を組んだ。
あれ以来、遠藤さん夫婦……いや、夫婦じゃなかったんだっけ。とにかく、あのおふたりはぱったり店に姿を見せなくなった。
常連さんたちの噂話によれば、幸い倒れた遠藤さんは、あのあとすぐに退院したそうだ。
せっかくのお得意様を失ったのは残念だけど、ご縁がなかったっていうことだろうな、きっと。あそこまで立ち入った事情を知ってしまった以上、こちらとしてもこの先どんな顔で接客すればいいのかわからないし。
(奥さんの名前、知らないままだったな……って、違う!)
気づいて、
「あ」
私は小さく声をあげた。
離婚が成立してないってことは、きっとまだ「高橋さん」なんだ、あの人。
あっちの旦那さんも、妻の名字になることを選択肢に入れるような人じゃなさそうだもんね、話を聞いた限り。
ひとりで百面相している私の前で、達也さんは黙ってコーヒーを飲んでいる。
「あーあ。私、ご夫婦だとばっか思ってたよ。遠藤さんたちのこと」
カフェラテを飲み干して、私はためいきをついた。
だって仕方なくない? 左の薬指にお揃いの指輪をした大人の男女がいたら。まして、片方が相手を結婚相手だと紹介したら。
「あの奥さんも、違うならちゃんとそう言ってくれなきゃわかんないよね。今の世の中、いろんな夫婦がいるんだもん」
事実婚とか別居婚とか、海外なら同性婚とか。専業主婦とか専業主夫とか、ワンオペとか家事の外注とかも。
よく考えると、「夫婦」って不思議だ。たくさんの「夫婦」がいるけど、その実態はカップルによって結構違う。
「人のことは言えない」
不意に、達也さんがにやっと笑った。
「見た目じゃわかんねえだろ、俺らは逆に」
「……ほんとだ」
私は目をまるくした。
無口で強面の達也さんと童顔の私の組み合わせは、十歳の年の差のせいもあるのか、いまだかつて誰かに「ご夫婦ですか?」なんて聞かれたことはない。
いや、実際違うんだけどね。今はまだ。
「さてと」
達也さんがカップをトレーに戻した。
「念願のサインももらえたことだし。そろそろ行くか、市役所」
「うんっ」
私は勢いよく立ち上がった。
「すごいよね、年中無休で受け付けてくれるって。婚姻届」
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