Ⅴ 三組目

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 これからふたりで、さっきうちの父にサインしてもらった婚姻届を出しにいくのだ。  去年の今ごろ、達也さんと結婚して彼のお店で働くと両親に伝えたとき。  娘をそば屋にするために大学にやったわけじゃないとごねる父と、私たちは約束した。大晦日に、黒字で一年間の営業を締めることができたら、結婚を認めてもらうと。 「お父さんのバカ! 失礼なこと言わないでよ」  あのとき、父の勝手な言い分にキレた私に、 「ご両親の心配はわかるよ。せっかくの安定した会社を辞めて、夫婦で小さい店を始めるなんて。しかも十個も上だしな、俺」  達也さんは笑って言った。 「むしろありがたいよ。その程度の条件で、結婚を許してもらえるなら」  いくら前のお店から引き続き応援してくださるお客様たちがいるとはいえ、わかってたくせに。始めたばかりのお店を一年で黒字にもっていくのが、どれだけ大変なことか。  そして今日、一年ぶりに実家に来てくれた達也さんと共に、私は両親に店の帳簿を見せ、無事婚姻届にサインしてもらうこととなった。ちなみにもうひとりの証人は達也さんのお母さんで、こちらはとうの昔にサイン済みだ。  その後はちょっとした婚約祝いの席となり、とはいえあまり遅くならないうちに届けを出そうと、ほどほどのところで実家を出た私たちは、市役所のあるこの駅に着いたところでふたりとも緊張の糸が切れて、ひとやすみすることになったわけだ。 「ねえ達也さん」  暑いくらいだったハンバーガーショップを出て、すっかり暗くなった道を手をつないで歩きながら、私は彼を見上げた。 「この先、なにか私に言いたいことができたら、ちゃんと言ってね」 「明日香もな」  達也さんがうなずく。  この一年、遠藤さんや高橋さんに限らず、様々なお客様を見ていてよくわかった。  どうやら、夫婦の形に決まりはないらしい。思ってたよりずっと自由みたいだ。  ただしそれは、ふたりが共に納得している場合に限っての話。  それなら、お互いが望むあり方をこまめにすり合わせなきゃね。 (猪突猛進タイプの私と無口な達也さんには、ちょっとハードルが高いなあ)  それでも。  今日、私たちは夫婦になる。 【 了 】
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