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Ⅲ 二組目
残暑の厳しい九月下旬のとある昼下がり、私は出前に来た初めてのお宅の前に立っていた。
電話で高橋さんとおっしゃったそのお宅は、配達エリアの端っこにある閑静な住宅街の中の一戸建て。おそらく、少し前に配ったクーポン付きのチラシを見て注文してくださったのだろう。P駅とは別の路線の駅に近いこのあたりは、うちの店とは別の生活圏になる。
『――はい』
インターホンに答えて門まで出てきたのは、ほっそりしたアラフォーのイケメンだった。
とても部屋着とは思えない、おしゃれなシャツとパンツに人気のサンダル。
インドア派っぽい高橋さんのすんなりした手から代金を受け取り、
「ありがとうございました」
玄関に向かう彼の後ろ姿を見送っていて、ふと気づいた。
二階の窓辺から、レースのカーテン越しに髪の長い誰かがこちらを見下ろしている。
見上げると、すらっとしたその姿は部屋の奥に消えた。
(女の人だったな)
なんとなく気になったのは、人が二人いるのに注文が一品だったからだ。とはいえ、のぞき見みたいなことをしているわけにはいかない。
門の脇にある車庫の前に停めていた配達用のバイクに戻った私は、なにげなく車庫の格子の奥に目をやってはっとした。
中に停められたかわいい外車は、以前見た常連の遠藤さんの愛車と同じ種類だ。暗くてよく見えないけど、色もあのくすみカラーのような。
(そういえば、さっき窓のところにいた人、遠藤さんの奥さんに似てたかも)
ふとそんなことを思ったものの、それ以上考えることもなく、私はバイクのエンジンをかけた。
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