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「えっ?」
私は思わずのけぞる。
それはちょっと、まずすぎじゃないですか?
「だって知り合ったときはもう、私は実家に戻ってたし。離婚の手続き中だなんて面倒な話、わざわざこっちからしないわよ。せっかくのタワマン生活が楽しくなくなるじゃない」
「えええ?!」
そんな理由? 私は目を剥く。
「世間知らずなのよね、あの人。あの年まで勉強と仕事ばっかで来てるから。でもそれ、かわいそうって思う? 私に言わせればお互い様なんだけど」
不機嫌な顔で奥さんが続けた。
「ねえあなた、気づいてた? あの人、私のキャリアのために事実婚を選んだとか言ってたけど。はじめから、彼が私の名字になるっていう選択肢は頭にないのよね」
「……そういえば」
思わぬ視点からの発言に、私ははっとした。
「私が実家に泊まるのを受け入れてるのも、別に私の仕事をリスペクトしてるからじゃない。自分が困らない限りはいいっていうだけ。だからどんなに私が忙しいときでも、実家に戻る前には次に来るまでの間の食事を作り置きしておくよう要求するし、掃除も洗濯も私に任せきり。この夏休みなんて、山形の彼の実家でおばあさまの介護を手伝えって言ってきた。介護を一手に引き受けているお母さまを楽にしたいからって」
「……それはちょっと」
そこまで言うなら遠藤さん自身がやればいいのに、介護。お母さんに丸投げとか、奥さん使ってお母さん孝行とかじゃなくて。
「もちろん断ったわよ、仕事があるからって。だいたい、自分は電車で一時間もかからない私の実家に挨拶に来たこともないくせに。何が事実婚よ」
腕組みした奥さんが、
「ある程度つき合ってみないとわからないものね、そういうのって。高橋との離婚調停とは関係なく、遠藤とは近々別れるつもり」
長い髪を揺らしてためいきをついた。
「それにしても、いくら経営者だろうがタワマン高層階だろうが、旦那の住んでる家のそばになんて戻ってくるんじゃなかった。もしも同居が高橋にバレたら離婚に不利になるって、ずっとびくびくして……だけど、仕方ないのよね。そもそも、遠藤と親しくなったのって、彼の買ったタワマンの話で盛り上がったからなんだもの。高橋の家にいた頃、ずっと住んでみたいと思ってたの。家から見えた、建設中だったあのマンションに」
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