5.動き始めた日常

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5.動き始めた日常

 泣いていた白鳥を慰めて、なんだかんだで無事に(?)家まで送り届けた次の日。 「よし、行くか」  郷田晃生に転生して初めての登校日。鏡の前で制服の乱れがないかを入念にチェックして、パシンッと両手で頬を叩いて気合いを入れた。 「……」  右の頬を触ると、昨日の感触を思い出してしまう。  すると連鎖的に記憶が引き出されて……。白鳥の息遣いや匂い、メリハリのありすぎる身体が脳内に浮かんだ。 「いかんいかん。煩悩退散っと」  バチンバチンと、再度強めに頬を叩く。痛みで赤くなった頬を鏡で確認し、精神を落ち着かせた。  忘れ物がないかを確認してから、家を出る。郷田晃生の記憶を辿り、学校までの道のりを歩いた。 「おはよう郷田くん」 「お、おはよう白鳥……」  もうすぐで学校に到着する、というところで白鳥にあいさつされた。無視することもできず、軽く会釈しながらあいさつを返す。 「いや、俺なんかにあいさつしてどうすんだ。悪目立ちするぞ?」  郷田晃生は学内で有名な不良である。  原作でも不良っぽい生徒はあまり登場しなかった。同じタイプならともかく、普通の感覚ならこんないかつい男子に話しかける奴はいないだろう。 「昨日はお世話になったもの。それに、クラスメイトにあいさつするのは当たり前でしょう?」 「まあ、あいさつくらいなら」  ぶっきら棒な態度でも、白鳥はただ微笑むだけだった。俺を恐れる様子は感じられない。  まあ、確か原作でも相手が誰であれ真っ直ぐ意見をぶつけられる女子だったか。だからこそ郷田晃生に「おもしれー女」認定されて襲われることになったんだけどな。  俺が校舎に向かっていると、その先にいる連中は道を空けていく。郷田晃生が学校でどういう扱いなのか記憶にあるものの、実際に恐れられているところを見るとちょっとへこむな。 「で、白鳥はいつまで俺の隣にいるつもりなんだ?」 「え? クラスメイトなんだから目的地は同じじゃない。教室まで一緒よ」 「マジか」 「だって寄り道する予定もないもの」  いや、そういうことじゃなくてだな。何か言ってやりたかったが、ニコニコしている白鳥を見ていると無駄な気がした。  腕が触れるか触れないかの絶妙な距離感。白鳥が隣を歩いているだけでくすぐったい気持ちにさせられる。  余裕を持って教室に到着する。俺が教室に入った瞬間、ざわりと空気が揺れた。  今まで郷田晃生が遅刻するのは当たり前だったからな。こんなに朝早くから猛獣が現れて、善良な一般市民は軽くパニックか。扱いとしてはそんな感じだよなぁ。 「ひ、日葵ちゃん逃げてーーっ」  女子グループからそんな声が聞こえてきた。小声だったけど、俺の隣にいる白鳥の身を案じて言わずにはいられなかったのだろう。 「ヒッ!?」  声に反応して女子グループに目を向けてしまった。たったそれだけで怯えられてしまう。見ちゃってごめんね。 「ほら白鳥。さっさと友達のところに行けよ。みんな心配してんぞ」 「うん。また後でね郷田くん」  いやいや、「また後で」とか言われても困るから。  白鳥の態度に調子が狂わされる。ため息をついて頭をがしがしとかいた。それだけで教室中がビクゥッ! って擬音が聞こえてきそうなほど怖がったのが感じられた。あの、俺何もしてないよ? 「……」  一挙手一投足に注意しないとクラスメイトを怖がらせてしまうらしい。ちょっと悲しくなって、とぼとぼと自分の席へと向かった。 「晃生ー? どしたん今日早いじゃん」  席に着くと、隣の席にいた金髪ギャルが話しかけてきた。  こいつの名前は氷室(ひむろ)羽彩(はあや)。郷田晃生がクラスで唯一普通に話せる女子である。  氷室の金髪は染めたものであり、それをサイドテールにまとめている。メイクはバッチリで、着崩した制服から胸の谷間が見えていた。  彼女は原作で数少ない不良キャラだ。というか原作で登場した不良キャラは彼女と郷田晃生くらいで、あとはモブである。  なぜか氷室は晃生に従順だった。どれくらい従順かといえば、日葵を襲うために人気のない場所に呼び出せと命令されて、素直に言う通りにするくらいには従順だ。  原作で初期の頃から従順だったもんだから、最初は晃生のセフレかと思っていたっけか。でも氷室と初めて身体を重ねたのは白鳥を落としてからだったんだよな。それまで処女だったものだから、読んだ当時は驚いたものである。 「同じ学校の女と遊ぶのは後が面倒だから」という理由で手を出していなかった。だがしかし、白鳥を寝取ったことで味を占めたせいで、他の女子を襲うようになったのだ。氷室はその被害者の一人ってわけだ。  いやー、振り返ってみても郷田晃生って本当に最低だな。フィクションだと思っていたから楽しめたんだけど、現実では絶対に遭遇したくない人種である。 「学生なんだから学校に時間通り来るのは当然だろ」 「あははー。真面目だー」  氷室はケラケラとおかしそうに笑う。まあ言った本人が遅刻の常習犯だからな。ギャグに思われたって文句は言えないか。 「制服もきっちり着ちゃってさ。逆に怪しいよね。もしかして朝帰りだった?」  ニタァと笑う氷室。見た目だけならヒロインの一人って感じなのに、嫌な笑い方で台無しだった。 「バカ言うな。俺はこれからまっとうに生きるんだ。青春を取り戻すんだよ」 「セイシュン?」  氷室は目を丸くする。そして大口を開けて笑った。 「あっはっはっ! 何それ? いきなりどしたん? 晃生ってば頭でも打ったの?」  腹を抱えるほど笑われてしまった。まあ、ある意味頭を打ったようなもんだから仕方がないか。  俺は郷田晃生であって、郷田晃生ではない。俺の青春のため、この身体を自由に使わせてもらう。 「……え、マジなん?」  氷室の笑い声がピタリと止まった。 「ああ、大マジだ」  俺の真剣な表情に、氷室は息を呑む。それから俺を見る彼女の表情は、怯えたものに変わっていた。  いきなり郷田晃生らしくないことを言って、変だと思われてしまったかもしれない。別人すぎて怯えさせてしまったかもしれない。  だけど、俺らしく生きるためには郷田晃生のイメージを払拭していかなければならない。他人の目なんか知るか! と言いたいところだけど、そうはいかないのが現実だ。 「……」  視線を感じて目を向けてみれば、みんなが目を逸らす中で白鳥だけが笑顔でこっちを見ていた。 「青春を取り戻すつもりだけど、お前だけには手を出さないから安心しろ」  小さな呟きは、未だに動揺を隠せないでいる教室の空気に消えていった。
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