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プロローグ②
「ちぇ、もう寝てるのかよ」
寒さに身を震わせ、浩二はぼやいた。
玄関の自動ドア脇にあるボックスに並んだ数字キー。
涼子の部屋番号を押したが、応答がない。
何度かトライしてみたが、結果は同じだった。
具合でも悪くて、横になっているのだろうか。
少なくとも、恭介はまだ帰っていないに違いない。
クリスマスプレゼントなど、明日また渡しに来てもいいのだが、応答がないのが気になった。
様子だけでも見てくるか。
ケーキの箱を小脇に抱え直すと、浩二は親から借りてきたカードキーをボックスのスリットに差し込んで、正面ドアを解錠した。
自動ドアが開くのを待つのももどかしく、三分の一ほど開いたところで身体を斜めにして中に飛び込んだ。
さすがにロビーの中は温かく、浩二は安堵のため息をひとつつき、エレベーターの前に立った。
涼子の部屋はこのマンションの最上階、すなわち12階である。
新築のマンションにふさわしく、エレベーターが下りてくるのも早かった。
チンと音がして、待つほどもなく、ドアが開いた。
「わ」
中に一歩足を踏み入れたとたん、靴底がずるっと滑り、浩二は悲鳴を上げた。
足元に目を落とすと、エレベーターの床に赤い液体がこぼれていた。
「何だよ、これ? 気持ちわりーな」
足の裏についた液体を壁になすりつけていると、ほどなくして上昇が止まった。
表示はもう12階を示している。
液体を踏まないようにして、エレベーターを降りた。
目の前に長い通路が伸びている。
右側が住居、左側が通路の手すりになっている。
涼子の新居、1203号室は手前から3つめの扉だった。
その扉に向かって歩き出そうとして、浩二はびくりと立ちすくんだ。
通路の天井の照明を反射して、床に赤い液体が落ちているのが見えたのだ。
赤いペンキをこぼしたような飛沫が、浩二の足元から3番目の扉の前まで、点々と続いている。
「お、おい、マジかよ」
いやな予感がした。
背筋を悪寒が走り、反射的に浩二は駆け出していた。
ノブを掴むと、大した手応えもなく、ドアが開いた。
8ヶ月の妊婦が、不用心にもほどがあるだろ?
焦る頭でそう思った。
玄関にスニーカーを脱ぎ捨てて、部屋の中に上がった。
2LDKの標準的な間取りの住居である。
明かりはついていた。
通路をまっすぐ行った先の洋間に、人影が見えた。
ソファにもたれるようにして、マタニティドレス姿の涼子が座っている。
「姐さん、具合でも悪いのか…?」
声をかけ、洋間に飛び込んだ。
その途端、浩二はまた棒立ちになった。
涼子はがくりと首を傾け、うつろな目で天井を見ている。
ベージュ色のマタニティドレスの前が、真っ赤に濡れていた。
はだけられたドレスの間から、鮮血を垂れ流す半ば開いた腹が見えた。
まるで帝王切開でもされたかのように、涼子は下腹部を切り裂かれているのだ。
「こ、こんな…ひどい…」
這うようにして、姉の足元に近づいた。
濃厚な血の匂いが鼻をつく。
ソファの前で膝立ちになり、涼子の両肩に手をかけようとして、浩二は思わずわが目を疑った。
切り抱かれた涼子の腹の中に、胎児の姿はなかった。
その代わりに、別の何かがみっしりと詰め込まれている。
ぶよぶよした、白いもの。
その正体に気づいた時、浩二は恐怖のあまり、絶叫した。
胎児の代わりに妊婦の腹に詰め込まれているもの…。
それは、まぎれもなく、切り取られた2つの女性の乳房だったからである。
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