プロローグ①

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プロローグ①

雪が舞っていた。  クリスマス・イブを祝うような、花びらの形をした雪だ。  その雪の中を、佐々木浩二は自転車を走らせている。  出産間近の姉、涼子にプレゼントを届けるためだ。  ペダルをこぎながら、腕時計に目を落とす。  午後8時。  アルバイトが長引き、すっかり遅くなってしまっていた。  恭介さんも、もう帰っている頃だろうか。  それならそれでいい。  人の良さそうな義理の兄の顔が、まぶたの裏に浮かんだ。  大学1年生の浩二は、佐々木恭介のことが気に入っている。  別にイケメンというわけでもなく、目立つ男ではないが、浩二と趣味も合う。  春になったらふたりで海釣りに行く約束もしている。  姉の涼子は浩二と6つ違いの25歳。  化粧品会社に勤めている。  あれほど一生結婚なんかしないと言い張っていたくせに、今年の春、取引先の社員、恭介と出会うなり、あっさり結婚を決めてしまった。  そしてすでに妊娠8ヶ月。  女なんて現金なものだ、と思わずにはいられない。  まあでも、姉さんが幸せならいいか。  浩二の顔に苦笑が浮かぶ。  結婚してからというもの、性格的に涼子は丸くなった。  喧嘩相手に過ぎなかった弟の浩二にすら、優しく接してくれるようになったのだ。  結婚式の時の姉さん、綺麗だったし、やっぱり愛の力ってやつなのか。  降りしきる雪の向こうにふたりの住むマンションが見えてきた。  どこからかジングルベルが聞こえてくる。  クリスマス・イブの夜なのだ。  俺も早く彼女見つけなきゃな。  もうすぐ20歳だっていうのに、イブもバイトばっかりの人生なんてみじめすぎる。  マウンテンバイクを止め、その新築のマンションを見上げながら、浩二はふとそんなことを思った。      
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