祈りをこめて、君の名を呼ぶ。

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 ***  医者いわく。  この症候群の患者がそうだと発覚するケースは極めて稀なのだそうだ。例えば別の病気で検査したら、使われていない例の臓器が見つかったとか。機能していない子宮や卵巣が癌化して諸症状が出たとかで発覚しただとか。  あるいは。  男性であるはずなのに妊娠して、病院に駆け込んで発見されるだとか。 「フランシア・エル症候群の男性が妊娠した場合、一般的な女性の悪阻とは違う症状が出ることが多いんです。基本は、腹痛が多いですね。それと、子宮が膨らんでくることによってお腹にしこりが出来たと思って病院に駆け込んで見つかるとか。場合によっては一切悪阻らしき症状が出ないで、急にお腹だけ太ったと勘違いして病院に来る人もいるんですが」 「……えっと、理解が追い付かないんですけど。なんで子供なんかできるんですか?」 「心当たりないですか?フランシア・エル症候群だと、体内で直腸と子宮が繋がっているケースが多いのですが。ああ、もちろん直腸の内容物が子宮に流れ込むような仕組みになっていないんですけど、性的快楽を受けると……」 「あーあーあーあーあー!」  皆まで言わないでくださいお願いします!と俺は頭を抱えた。ようは、心当たりがあったのである。  当然だが、男同士のセックスで子供ができるだなんて誰も思わない。ファンタジーの世界でないのだから尚更だ。当然、避妊だって適当である。アナルセックスでそういうことが起きるだなんて知っていたら、何がなんでも対策を取ったというのに! 「……確かに、俺は男性のパートナーがいますし、心当たりもあります」  呻くように告げる俺。 「けど、どうやって生まれてくるんですか、コレ。出るところがないでしょ。それに、生理なんてものもなかったんですけど?」 「それが、この症例の謎でもあるんです。今まで生理なんてなかったのに妊娠するのはメカニズムが違うからなのか、あるいは生理の血が一緒に排泄されていたせいで気づかなかったからなのか、もしくは生理が起きるタイミングと同時に妊娠するからなのか。ちなみに過去出産に成功したいくつかの例で言うのであれば、妊娠が進むと同時に膣が形成されてそこから生まれてくるってことらしいですね。それでも帝王切開で産んだ人もいるんですけど」 「いるのか、産んだ人……」  とすると、自分も普通に子供が産めるようになる、ということなのだろうか。  にわかには信じがたい、と俺は下腹部を撫でた。相変わらず腹が張って鈍く痛むが、それだけである。 「予期せぬ事態であるということは理解します。その上で」  医者は戸惑う俺に、真剣なまなざしで告げたのだった。 「出産するか中絶するかを決めてください。中絶の場合は、至急と卵巣ごと摘出してしまった方がいいかもしれません。……実際、これらの臓器が癌化してしまう危険性は、一般女性より高いとされていますしね」
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