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「さっきから、こういう危険があるって話はしたけど、自分がどうしたいかを一切言ってません。中絶した方がいいとは言ったけど、したいとも言ってません。……僕にも責任があることであるのは間違いないんですが……この場合、一番優先されるのは先輩の気持ちではないんですか?」
なんとまあ、真っ当なことを言ってくれる後輩なのか。俺は視線を逸らした。その時、また腹がずきりと痛んで呻くことになる。
痛みを感じるたび、主張されている気がして嫌になるのだ。――自分はここにいるぞ、存在を無視するな、と。未だに、実感なんてひとつも沸いていないというのに。
「……そりゃ、お前」
見透かされているのかもしれない。わかった上で、口にする。
「迷惑しかかけないし?可哀想だけど、こいつだって俺らの子供として生まれたんじゃ不幸になるだろ。そんな無責任なことするべきじゃない」
「確かに、産むとなったら僕達は責任を負います。その子の人生を、命をかけて守っていかなければいけませんし、それ以外の多くの夢を諦めなければいけなくなるかもしれません。でも、それとは先輩の気持ちって別問題だと思うんです。先輩は……」
蒼佑の顔が、泣きそうに歪んだ。
「先輩は、その子に会いたくはないんですか?」
多分。
卑怯な物言いをしていると、自分でもわかっているのだろう。それでも、言わずにはいられなかったのだろう。
俺が何を諦めようとしているのか、明白だったから尚更に。
「僕は諦めてたんです。自分はゲイだから……好きな人に出会えたことは幸福だけど、それ以上のことを望む権利はないんだって。差別に怯えて、人の目に怯えて、家族にも本当の自分をさらけ出せないのは仕方ないって。……“普通の”家族みたいに、大好きな人と子供を育ててあったかい家庭を作ることなんかできっこないんだって」
「蒼佑……」
「だからその、事故みたいなもんだと先輩は思ってるかもしれないけど。それでも、正直嬉しかったんです。なんか、神様に……そういう権利を与えて貰えた気がして。生きて幸せになっていいよって言われた気がして。……変かもしれないけど僕、もう可愛いんです。先輩のお腹にいる僕の子供、可愛くて仕方ないんです。死んじゃったら、と思ったらもう悲しくて……おかしいの、わかってるんですけど。問題だらけで、ちゃんとそういうこと考えないといけないのも知ってるんですけど、でも……!これを機会に、家族にも本当のこと言えるんじゃないかって、きっとその方がいいんじゃないかっていうか、その……」
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