沈丁花

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 家に帰った本町から違和感の話を聞いた美南は「やっぱり疲れてるんじゃない?」と首を傾げた。   「もしかして、通勤時間が長くなったせいなのかも。ごめんね、私のせいで遠くから通うことになって」    美南がすまなそうに俯いた。本町がこの街に移り住むことを決めたのは、生まれつき気管支の弱いこの妻のためでもある。  「家で君が待ってると思えばあっという間だったよ。むしろ、物足りなかったかな。もっとこの幸せを1人で噛み締めていたかった。」    本町は意味不明なセリフを大仰に言い、芝居がかった仕草でウインクをして見せた。美波は顔を赤らめ、笑いを堪えている。彼は照れ隠しにテーブルの上の花瓶を指差した。 どこかで見たような葉をつけた若木が挿さっている。 「これ、何? 」  「沈丁花の枝。ほら、駅からここまでの街路樹と同じ木よ。駅前のガーデニングストアに売っていたから、生けてみたの。ちょっと生活に華が出ると思わない? 噛み締める幸せの1つに加えてみて」   よくできた妻だ。にっこり笑う美南を見ながら本町は思った。そのまま上機嫌で眠りについた彼は胸に重みを感じ、空が白む前に目を醒ます。彼の違和感は息苦しさという形をとって、喉の奥で確実に成長していた。     
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