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そいつらに呼び止められたのは、ある晩、赤信号を無視して渡った直後だった。
「君、止まりなさい」
「なさい」
いつの間に、そしてどこからやって来たのか分からないが、親子らしき二人組は俺と併走しながら言った。当たり前だが父親らしき男の方が運転していて、子どもの方は前カゴにすっぽり収まっている。
「赤信号を無視したね」
「したね」
「……はぁ? なんなんだよ、お前ら」
「とにかく止まりなさい」
「なさい」
鬱陶しい。しかし、逃げようにもぴったりと俺の横について来る二人組を振り切れそうにない。結局俺は、渋々ブレーキを踏んだ。
「免許証は?」
「しょうは?」
「……自転車に免許とか、ないだろ。自動車じゃないんだから」
親子は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。そして、自分の懐から緑色の手帳らしきものを取り出すと、警察手帳よろしく俺に突きつける。なぜか、子どもまで。
「これだよ。持ってないのかね? まったく、免許証もなしで夜道を運転するとは……。しかも開き直った上に、無灯火だ」
「だ」
「はぁ? だから、お前らなんなんだよ」
あーあ、変な奴らに捕まっちゃったなぁ……。こっちの言葉に聞く耳持たない。やっぱり逃げれば良かった。
「無免許、信号無視、無灯火。最近のドライバーは、なっとらん」
「とらん」
「罰を与えなければならないな」
「ないな」
「はぁ?」
訳がわからない。自転車の免許証を持って無くて、信号を無視しして、ライトを点けてなかったから、罰? せいぜい、罰金くらいだろ。
「初犯とはいえ、悪質だ。罰もうんと重いものにしなくてはならないな」
父親の言葉尻を真似てばかりいた子どもは、この時だけ父親に倣わなかった。その代わり、大きな目で俺を睨みつけ、言い放った。
「えいきゅうに、うんてんをきょかしない!」
子どもの声が響いたかと思えば、煙のように二人は消え去っていた。古くさい言い方をすれば、まるで狐に化かされたみたいだった。
「白昼夢? って、今は夜か」
くだらないことを考えながら、俺は自転車に跨って……。
……え?
……どうやって、乗るんだっけ?
「……そんな」
自転車の乗り方が、分からない。跨るところまでは、できるけど……。このペダルは、どうやって動かすんだっけ?体は、どうやって真っ直ぐにするんだっけ?
「そんな、馬鹿な」
乗れない、乗れない、乗れない!
「くそっ、くそっ、動け!」
永久に運転を許可しない。
子どものあどけない声が、頭の中を駆け巡る。そんな、馬鹿なことがあるはず、ない。
混乱して無茶苦茶に動いたせいで、自転車はバランスを崩して横に倒れる。咄嗟にサドルから腰を浮かしたが、したたかに膝を打ってしまった。
「……いってぇ……、くそ、なんなんだよ!」
さっきから何度目になるのかも分からない悪態を吐きながら、俺は自分の愛車だったものを蹴り飛ばした。カラカラと音を立てて、車輪が回る。その音すらも憎らしくて、俺は車輪を踏みつけた。音は止まったが、苛立ちは収まらない。
暗闇の中で、何度も何度も自分の愛車だったものを蹴りつける。スポークはひしゃげ、フレームはボコボコだ。それでも俺は、蹴るのを止められない。
「くそ、くそ、くそっ」
空気を失ったタイヤの感触が、気持ち悪い。強い光に、大きな穴の空いたカゴが照らし出される。
「……光?」
その時になって俺は、やっと気付いた。
俺はまだ歩道の真ん中にいて、今、歩道の信号は赤で。俺の方へ向かってきたトラックのカーライトが、自転車どころか俺まで照らし出していて……。トラックが踏んだ急ブレーキの音が、ずいぶん遠くから聞こえることに。
永久に、運転を許可しない。
あどけない子どもの声が、俺の耳にそっと囁いた。
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