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“きみは本当に魅力的だよ”
ハッとして、私は目を見開いた。
「理解したようでございますね。」
「………はい。」
「誰も彼も、人のことだってどうでもいい。そんな地獄に生きている民は、唯一自分の心の中に宝石を飼っているのです。あとは……わかりますね。」
私は、ゆっくりと頷いた。
みるみる涙が溢れてくる。
たったの一夜を五年の歳月に感じるほど、私たちはキラキラした幻想を飛び回った。熱烈に恋をして、甘酸っぱく料理を楽しんで、食べまくって、呑みまくった。
それは全部、全部、魂の現実だったのだ。
「………鈴鹿。」
小さく、誰にも聞こえないほどかすかな声で私はささやいた。
「愛してる。」
気付けばボロボロと泣いていた。
私も、鏡の向こう側の私も。
そんな私の肩を、大人がしっかりと抱いてくれた。
”さあ。もうひと頑張りですよ。“
そう言って、応援してくれているようだった。
力強く抱かれた肩から、温もりが伝わってくる。
私の胸の中心から、煮出された鍋の水のように静かな勇気が湧いてきた。
私は、涙を拭う。そして鏡の中へ笑いかけた。
ずっとあなたに会いたかった。
あなたに会えてよかった。
……それから。と、胸の中で囁いて、私は深く息を継ぐ。
はっきりと、鏡の中を見据えた。
“私”は朗らかに、まるでさくらんぼのように赤く健康的に上気した頬を緩ませて笑っていた。
ありがとう。
鈴鹿。
あなたのお陰で———私は今宵、大人になった。
(完)
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